ファミーリア
墓地から二人で戻った後、顔を合わせることが出来たのは夜中になってからだった。新しく本拠地を正式に構えることは既に決定していたが、本部の完成が間に合っていないのでデイバンホテルの最上階は未だにCR:5の拠点となっている。
「お疲れさん」
明日の儀式に備えてとっくに休んでいるだろうと思い、ルキーノは殊更音を立てずに部屋へ入ってきたのだがドアを閉めたと同時に掛けられたのは柔らかな声だ。
「ジャン。お前、まだ寝てなかったのか。寝不足で儀式に臨むような羽目は止せよ」
「……別に?あんたが大人しくしてりゃ、すぐ眠れるんじゃないの?」
そう言いながら、ジャンはカラカラと氷が音を立てるグラスを離さない。ルキーノはコート、スーツと脱いだ服をしまいながらラフな格好で窓際に近寄る。
「じゃあもう一つ追加だ。二日酔いで臨むのも止せ。どれだけ飲んだ?」
バーボンの瓶は前に見たときよりもかなり減っているように見えた。眉を潜めたルキーノに、ジャンは顔を合わせず窓へ身体ごと向けてしまう。ティーンのように両膝を抱えて、椅子の上で小さく丸くなって。
「どうした。何があった?」
「何もないさ」
ジャンの後ろから両腕を伸ばし、ルキーノが抱えるようにしてもジャンはまるで気配を崩さない。両膝を抱え、グラスを握る手に力を篭めてじっと窓の外を見つめている。
「分かった、質問を変えよう。俺を見てはくれないのか?」
ぴくり、とルキーノに比べれば薄い身体が揺れた。いざと言うときにはその場の空気全てを変えてしまえるほどのタンカを切れる、いくらでもブラフをかませる男だというのに、時折ひどく素直なのだ。
「ジャン……俺のジャンカルロ。言いたくないならそれでいい、だから俺を見てくれないか。お前のことは何だって知りたい」
するするとした手触りの金髪を撫で、音を立ててキスを繰り返しているとジャンの手がそっとテーブルに伸びた。グラスを置いて、まるで鎧のように両膝を抱えていた片手も外れる。好機を逃さずにルキーノが後ろから抱き上げ、向かい合うように座らせるとジャンは罰が悪いのかそっぽを向いた。少しばかり顔が赤いことにルキーノはどこか安堵を覚えて、尚も髪ごと頭を撫でる。
「…………昼間、さ」
何も言おうとしなかったジャンから、少し掠れた声がした。ルキーノは墓地で逢ったことだなと理解しながら小さく頷く。ルキーノが今も尚愛している家族──妻と娘の墓へ花を持って逢いに来てくれたジャン。
「明日になる前に──俺があんたのボスになる前に、俺はあんたと話がしたかったから行ったんだ。あんたに何を言ったらいいか分からなくて、カヴァッリの爺様にごねて二年前のこと教えてもらったのに……余計、何を言ったらいいか分からなくなった。俺なんかが何を言っても、どうしようもないんだって分かってて、でも…それでも、俺は……る、ルキーノ?」
中腰の姿勢のままに、ルキーノは頭を撫でていた手をジャンの背に回した。ぎゅっと引き寄せて、肩越しに息を吐く。
「俺はやっぱり馬鹿、だな……。ジャン。そうじゃない。俺はずっとお前に救われてきた。お前がいなかったら俺はここにはいない。お前がいなければ、俺は外面ばかり取り繕った臆病な男でしかないんだ」
ジャンの腕がルキーノの背に回り、その手は親が子どもにするように優しく背をリズミカルに叩いた。
「馬鹿、内面取り繕ってどーすんだよ。俺だってあんたのことは何だって知りたいと思ってんだぜ?」
「そう、だな……」
何が変わるわけでもない墓参を、そしてそれを止められないルキーノをジャンは止めなかった。互いの想いを肌で分かりながら、それでも、彼女たちは喜ぶんだからそれでいいと言ってのけた。その声は微かに濡れて震えていたが、だとしてもジャンはルキーノが犯した罪も過去も全てを受け入れようとしている。
「お疲れさん」
明日の儀式に備えてとっくに休んでいるだろうと思い、ルキーノは殊更音を立てずに部屋へ入ってきたのだがドアを閉めたと同時に掛けられたのは柔らかな声だ。
「ジャン。お前、まだ寝てなかったのか。寝不足で儀式に臨むような羽目は止せよ」
「……別に?あんたが大人しくしてりゃ、すぐ眠れるんじゃないの?」
そう言いながら、ジャンはカラカラと氷が音を立てるグラスを離さない。ルキーノはコート、スーツと脱いだ服をしまいながらラフな格好で窓際に近寄る。
「じゃあもう一つ追加だ。二日酔いで臨むのも止せ。どれだけ飲んだ?」
バーボンの瓶は前に見たときよりもかなり減っているように見えた。眉を潜めたルキーノに、ジャンは顔を合わせず窓へ身体ごと向けてしまう。ティーンのように両膝を抱えて、椅子の上で小さく丸くなって。
「どうした。何があった?」
「何もないさ」
ジャンの後ろから両腕を伸ばし、ルキーノが抱えるようにしてもジャンはまるで気配を崩さない。両膝を抱え、グラスを握る手に力を篭めてじっと窓の外を見つめている。
「分かった、質問を変えよう。俺を見てはくれないのか?」
ぴくり、とルキーノに比べれば薄い身体が揺れた。いざと言うときにはその場の空気全てを変えてしまえるほどのタンカを切れる、いくらでもブラフをかませる男だというのに、時折ひどく素直なのだ。
「ジャン……俺のジャンカルロ。言いたくないならそれでいい、だから俺を見てくれないか。お前のことは何だって知りたい」
するするとした手触りの金髪を撫で、音を立ててキスを繰り返しているとジャンの手がそっとテーブルに伸びた。グラスを置いて、まるで鎧のように両膝を抱えていた片手も外れる。好機を逃さずにルキーノが後ろから抱き上げ、向かい合うように座らせるとジャンは罰が悪いのかそっぽを向いた。少しばかり顔が赤いことにルキーノはどこか安堵を覚えて、尚も髪ごと頭を撫でる。
「…………昼間、さ」
何も言おうとしなかったジャンから、少し掠れた声がした。ルキーノは墓地で逢ったことだなと理解しながら小さく頷く。ルキーノが今も尚愛している家族──妻と娘の墓へ花を持って逢いに来てくれたジャン。
「明日になる前に──俺があんたのボスになる前に、俺はあんたと話がしたかったから行ったんだ。あんたに何を言ったらいいか分からなくて、カヴァッリの爺様にごねて二年前のこと教えてもらったのに……余計、何を言ったらいいか分からなくなった。俺なんかが何を言っても、どうしようもないんだって分かってて、でも…それでも、俺は……る、ルキーノ?」
中腰の姿勢のままに、ルキーノは頭を撫でていた手をジャンの背に回した。ぎゅっと引き寄せて、肩越しに息を吐く。
「俺はやっぱり馬鹿、だな……。ジャン。そうじゃない。俺はずっとお前に救われてきた。お前がいなかったら俺はここにはいない。お前がいなければ、俺は外面ばかり取り繕った臆病な男でしかないんだ」
ジャンの腕がルキーノの背に回り、その手は親が子どもにするように優しく背をリズミカルに叩いた。
「馬鹿、内面取り繕ってどーすんだよ。俺だってあんたのことは何だって知りたいと思ってんだぜ?」
「そう、だな……」
何が変わるわけでもない墓参を、そしてそれを止められないルキーノをジャンは止めなかった。互いの想いを肌で分かりながら、それでも、彼女たちは喜ぶんだからそれでいいと言ってのけた。その声は微かに濡れて震えていたが、だとしてもジャンはルキーノが犯した罪も過去も全てを受け入れようとしている。