ファミーリア
「ジャンカルロ」
何、と声には出さずに答えたジャンを椅子に座らせたまま、ルキーノはジャンの目前に跪いた。他者の前で両膝を折る。それはコーサ・ノストラの男にとって服従を意味する行動だ。
「ルキーノ!?」
「座ってろ」
視線と低い声で腰を浮かせようとしたジャンを制し、両膝をついた姿勢で見つめあう。
「俺は二年前に家族を失った。組織と家族は同価値だが、組織が絶対的に重い。コーサ・ノストラならばそれが当然だ。だから俺はもう組織以上に守るものは無いのだと思っていたし、家族はシャーリーンとアリーチェだけだと思っていた」
ジャンは何も答えない。こくりと小さく唾を飲む音がした。
「でもお前が教えてくれたんだ。いや、アレッサンドロ親父もずっとそう教えてくれていた。俺たちはファミーリア、CR:5という組織そのものが家族なのだと。俺に、家族は、あったんだ」
「ルキーノ……」
「シャーリーンとアリーチェは俺だけの家族だが、CR:5は俺の家族であると同時にお前の家族でもある。俺たちの、家族。……お前がボスになる前に言えて良かった。俺はお前に渡したいものがある」
「渡したいもの?」
ルキーノは鸚鵡返しの声に頷く。
「俺の全てを。俺の力、俺の未来、俺の愛、全てお前のものだ。ジャンカルロ」
「なッ……!」
「ボスになったお前に忠誠と命を捧げるのは当然のこと、だからボスになる前のお前に…俺のジャンにそれ以外の全てを渡したかった。受け取ってくれ、返品は不可だ」
言いながらルキーノはジャンに顔を寄せて両頬にキスをして誓いを立てた。己の全てを捧げるという誓い。
「……俺、はあんたみたいに自分の力って言えるもんは無い。命は多分CR:5のもんだから、あんたにやれないかもしれない。それでもいい?」
「当たり前だろう」
「あんがと。──俺も、愛してるよルキーノ」
愛を誓うには不相応な、コーサ・ノストラの誓いのキス。ジャンはルキーノの両頬にキスを返して、へにゃりと笑みを崩した。
「ジャン?」
「俺さ、ずっと大事なものなんて持ったこと無かった。失いたくないものなんて無かった。持ち物なんてアンタが怒るぐらい何も無いし、それでいいと思ってたんだ。だから今はちょっと怖い。ボスになることじゃなくて、こんなに大事なものが出来ちまったのが怖い」
失いたくないと願っても祈っても、いつか失ってしまうかもしれない。喪失というのはジャンにとって未知の恐怖だった。
「怖いだけじゃ、ないだろう?」
あやすようにルキーノの両手がジャンの頬を撫でる。ジャンはこくりと頷いてこつんと額を合わせた。
「ああ。守りたいファミーリアがあって、大事な仲間がいて、一等大事なアンタがいて、俺は幸せだ。ちょっとこえーけど、失ったらって考えなくもないけど、だったら俺が守りゃいい話だもんな」
「そういうことだ。俺も、俺たちもお前を守る」
「おう。頼りにしてる。──やっぱ俺、ラッキーだな。幸せすぎてやべーぐらい」
「……俺もだ」
短く頷いて、ルキーノがそっと唇を寄せる。目を閉じて身体ごとルキーノに預けながら、ジャンは同じ場所にいるだろう自分とルキーノの家族に声をかけた。
──俺もルキーノもコーサ・ノストラだからアンタたちと同じ場所にはきっと行けない。でもどこにいたって俺たちはアンタたちを想ってる。だからアンタたちは神さまと一緒に俺たちを見ててくれよ。
自分だけの家族を互いに失い、それでもCR:5というファミーリアがある。無条件に信じられる仲間がいることにも気づけた。そして何より失いたくない存在が腕の中にある。
──やっぱ俺ってラッキードッグ。神さま、サンキューな。