温くなった微笑
とろりと更けてゆく時間帯にて不意に、今まで訊くことを躊躇っていたのでわざわざ分厚い殻に被せ、本音を隠したかのような声音で疑問を投げ掛けられる。
「そういえば、どうして貴方みたいなひとが似合いもしないデスクワークに収まってるんですか?」
「馬が合わない奴が居てね。それにまあまあ楽しいよ、主に同僚が」
「こじつけではありませんよね?」
「どうしたの、やけに絡むね」
「折原さんなら障害は、すべからく排除するものとして片付けるでしょう」
「君はどんな認識を俺に抱いてるんだか。ちょっとは平和主義と言えなくもないかもよ」
雀の涙程も信頼した色の全くない視線が突き刺さって、キーボードの上で軽やかに踊っていた指先が停止する。中々に図星なだけ、または直接的な分だけ手厳しい。
現在己が勤務に就いているこの古ぼけた事務局では、膨大で果てのない記録の整理に始まり情報の追記や報告、途切れず訪れる人々にあなたは此方ですね、または其方ですよといった風に振り分けの案内も受け付けることを主体にしている。
位置は非営利で政府の歯車にも満たない螺子の一本なので、外部と競争する必要性がない安定した公務員の身分で居ることが出来るのが利点。その代わりに呆れる位に随分と進化を忘れ、停滞した界隈ではあるけれども。何せ、下界のハイテクさと競う必要がないので同等までいかなくとも、あまりにも最新電子機器が劣って少ないわ操作対応可能な職員が自分と童顔の同僚しかまともに居ないわで、まるで四隅に蜘蛛の巣が張っていそうな閑散としてくすんだ閉鎖加減である。
だが暫し身を落ち着かせる意図で左遷してみて、埃にすっかり埋もれた珍しいこが居たならば。そりゃあ構い倒してみたくなるのが己の根である。気紛れに本性を隠さずに、実は得体の知れないそのこを上層部に居た頃並の勘を発揮した対応を持って、慎重に駆け引きをしながらわくわくした気分でつつく。構い倒す。
元々は擦れ違いそうな程の同じ、上を見るのにそんなに顎を上げる必要のない階層に席を置いていたらしいが、いきなり降りてきたという断絶された情報しか入手出来ていない。確かにある日唐突にやーめた、と放り出してしまいそうな飽き性であるので想像するのには易しい上、充分にしっくりとはきて頷けるのだが。住み分けていたのなら、暗躍を得意とした己とは異なり表口を担当していたのだろうか。大概目立つ名字のくせして隠滅の証拠すら残さない、その鮮やかなお手並みへと賞賛の拍手を贈りたい。
華美な椅子に座る支配者然としたあのこを見てみたいといった内容の些細な希望はあるけれど、今は隣に居る距離で丁度いい。
「だって一番混むお盆の時期に休暇を取れるんですもん」
「君だって取ろうとすれば取れるんじゃない」
「皆が働いている時に怠けるのは気がひけますから。それに穏やかそうな表情で訪問する人を送るのは、何だか心安らぎますし」
僕もあんな感じに逝った後は帰郷したいですねえと溜息一つ。偶にこの職に就いている人には、この様な傾向があるのだがまだ逝くには早過ぎると心底思うので。俺の長期になった休暇に付き合って、あともう少しだけを同じ空間を共有して、あともう永くを近くの触れられる同僚で居て欲しいかな。
似たようでいて全く違った真新しい時間がほろほろと更けるのを、只々愛おしんで寄り添う。此処、冥府で。
「そういえば、どうして貴方みたいなひとが似合いもしないデスクワークに収まってるんですか?」
「馬が合わない奴が居てね。それにまあまあ楽しいよ、主に同僚が」
「こじつけではありませんよね?」
「どうしたの、やけに絡むね」
「折原さんなら障害は、すべからく排除するものとして片付けるでしょう」
「君はどんな認識を俺に抱いてるんだか。ちょっとは平和主義と言えなくもないかもよ」
雀の涙程も信頼した色の全くない視線が突き刺さって、キーボードの上で軽やかに踊っていた指先が停止する。中々に図星なだけ、または直接的な分だけ手厳しい。
現在己が勤務に就いているこの古ぼけた事務局では、膨大で果てのない記録の整理に始まり情報の追記や報告、途切れず訪れる人々にあなたは此方ですね、または其方ですよといった風に振り分けの案内も受け付けることを主体にしている。
位置は非営利で政府の歯車にも満たない螺子の一本なので、外部と競争する必要性がない安定した公務員の身分で居ることが出来るのが利点。その代わりに呆れる位に随分と進化を忘れ、停滞した界隈ではあるけれども。何せ、下界のハイテクさと競う必要がないので同等までいかなくとも、あまりにも最新電子機器が劣って少ないわ操作対応可能な職員が自分と童顔の同僚しかまともに居ないわで、まるで四隅に蜘蛛の巣が張っていそうな閑散としてくすんだ閉鎖加減である。
だが暫し身を落ち着かせる意図で左遷してみて、埃にすっかり埋もれた珍しいこが居たならば。そりゃあ構い倒してみたくなるのが己の根である。気紛れに本性を隠さずに、実は得体の知れないそのこを上層部に居た頃並の勘を発揮した対応を持って、慎重に駆け引きをしながらわくわくした気分でつつく。構い倒す。
元々は擦れ違いそうな程の同じ、上を見るのにそんなに顎を上げる必要のない階層に席を置いていたらしいが、いきなり降りてきたという断絶された情報しか入手出来ていない。確かにある日唐突にやーめた、と放り出してしまいそうな飽き性であるので想像するのには易しい上、充分にしっくりとはきて頷けるのだが。住み分けていたのなら、暗躍を得意とした己とは異なり表口を担当していたのだろうか。大概目立つ名字のくせして隠滅の証拠すら残さない、その鮮やかなお手並みへと賞賛の拍手を贈りたい。
華美な椅子に座る支配者然としたあのこを見てみたいといった内容の些細な希望はあるけれど、今は隣に居る距離で丁度いい。
「だって一番混むお盆の時期に休暇を取れるんですもん」
「君だって取ろうとすれば取れるんじゃない」
「皆が働いている時に怠けるのは気がひけますから。それに穏やかそうな表情で訪問する人を送るのは、何だか心安らぎますし」
僕もあんな感じに逝った後は帰郷したいですねえと溜息一つ。偶にこの職に就いている人には、この様な傾向があるのだがまだ逝くには早過ぎると心底思うので。俺の長期になった休暇に付き合って、あともう少しだけを同じ空間を共有して、あともう永くを近くの触れられる同僚で居て欲しいかな。
似たようでいて全く違った真新しい時間がほろほろと更けるのを、只々愛おしんで寄り添う。此処、冥府で。