ひとつの夏
うだるような暑さというのは、このようなことを言うのであろう。兼続は額の汗を拭うと、縁側に腰掛けた人影へ視線を向ける。
不意に足元の床板が、ぎしりと音を立てた。
「な、兼続!? 貴様が来るなど、聞いておらぬぞ!」
突如現れた兼続にそれほど驚いたのか、振り向いた政宗は驚きに目を瞬かせる。
その格好に兼続はあきれ返った。
「何という格好をしているのだ。お前は」
紺の腹掛けに膝上の四幅袴。市井の子供そのままの出で立ちでうなだれている者が奥州の王であると、一体誰が思うだろうか。
「――馬鹿め! 貴様が暑苦しいのじゃ!」
そう言われても、麻の小袖に半袴の兼続の身なりは夏の一般的な装いである。
「背中が汗染みておる」
こちらを一瞥した政宗は再び視線を日の照りつける庭へと戻した。
確かに先程から背中を汗が滴り落ちているのを感じる。だが、この暑さでそれを止めろという方が無理というものだ。兼続はしばし考えた後、おもむろに自らの小袖の襟に手を掛け、諸肌を脱いだ。
「しかし、お前は書き物をしていたのではなかったのか?」
「汗が紙に落ちて進まぬわ。日が落ちてからやるしかあるまい。貴様は――」
頬杖を突いたままこちらを向いた政宗は、ギョッとした表情を浮かべた。
「き、貴様! 何をしておるのじゃ!」
「暑苦しいと言われたので脱いだまでだ。何、お前の格好ほどおかしくはない」
「そういうことを言っておるのではないわ!」
騒ぐ政宗を余所に、兼続はその隣に腰掛けた。
「書見をしようと思ったが、汗で湿ってしまってな――丁度手持ち無沙汰だ。涼むのも悪くはない」
前栽に目を移せば、酷暑に萎れかけた草花の中、負けじと咲き誇る槿の花がことさら眩しく感じられる。
時折、草履が地面を擦る音が、庭中に響く蝉の無遠慮な声に混じって聞こえる。
横を見れば、政宗は所在なさげに足を遊ばせている。その落ち着きのない行動が子供のような格好に妙に合っていることに気付くと、兼続は隣の彼に聞こえないように、小さく笑いを漏らした。
「――氷を喰いたい」
「また贅沢なことを」
兼続は呆れた声を出した。この真夏に氷など、真冬に氷室に入れておいたものを遠くの山より運ばせるより外に、手に入れる手段はない。それにかかる労力がいかほどのものか、この青年は解っているのだろうか。
「削って甘葛を掛ければ美味いぞ」
全く解っていないように見える政宗に、兼続は黙ったまま厳しい視線を送る。
「――それを切り出す者の暑さも考えよ、とでも言いたそうじゃな」
意外な言葉に、兼続は驚きの表情を浮かべた。
「貴様の考えておることくらい解るわ」
馬鹿め、とでも言いたそうに、政宗は唇を吊り上げる。
「だが、瓜を商う者がおるように、氷を商う者もおる」
瓜を育てるには、土を耕し、種を蒔き、さらに手入れをする必要がある。真冬に氷を切り出すのも、真夏にそれを運ぶのも、同じことだと言いたいのであろう。
「心配するな。貴様にも分けてやろう」
一口くらいはな、と飄々と続ける政宗に、兼続はさらに冷たい視線を向けた。少しは真剣に物事を考えているかと思えば、この物言いである。
「瓜ならば、喰うか」
問いかけたのは兼続だった。政宗の茶化すような物言いは気に入らないが、暑さには敵わない。瓜ならば井戸に冷やしてあることだろう。
「喰うか、喰わぬか、どちらなのだ」
呆然として答えない政宗の顔を覗き込むようにして、再度問う。
彼は僅かに左の瞳をさまよわせた。
「……喰ってもよい」
「よし、待っていろ!」
頷いたその頭を撫でれば、政宗は不服そうに眉を寄せた。
不意に足元の床板が、ぎしりと音を立てた。
「な、兼続!? 貴様が来るなど、聞いておらぬぞ!」
突如現れた兼続にそれほど驚いたのか、振り向いた政宗は驚きに目を瞬かせる。
その格好に兼続はあきれ返った。
「何という格好をしているのだ。お前は」
紺の腹掛けに膝上の四幅袴。市井の子供そのままの出で立ちでうなだれている者が奥州の王であると、一体誰が思うだろうか。
「――馬鹿め! 貴様が暑苦しいのじゃ!」
そう言われても、麻の小袖に半袴の兼続の身なりは夏の一般的な装いである。
「背中が汗染みておる」
こちらを一瞥した政宗は再び視線を日の照りつける庭へと戻した。
確かに先程から背中を汗が滴り落ちているのを感じる。だが、この暑さでそれを止めろという方が無理というものだ。兼続はしばし考えた後、おもむろに自らの小袖の襟に手を掛け、諸肌を脱いだ。
「しかし、お前は書き物をしていたのではなかったのか?」
「汗が紙に落ちて進まぬわ。日が落ちてからやるしかあるまい。貴様は――」
頬杖を突いたままこちらを向いた政宗は、ギョッとした表情を浮かべた。
「き、貴様! 何をしておるのじゃ!」
「暑苦しいと言われたので脱いだまでだ。何、お前の格好ほどおかしくはない」
「そういうことを言っておるのではないわ!」
騒ぐ政宗を余所に、兼続はその隣に腰掛けた。
「書見をしようと思ったが、汗で湿ってしまってな――丁度手持ち無沙汰だ。涼むのも悪くはない」
前栽に目を移せば、酷暑に萎れかけた草花の中、負けじと咲き誇る槿の花がことさら眩しく感じられる。
時折、草履が地面を擦る音が、庭中に響く蝉の無遠慮な声に混じって聞こえる。
横を見れば、政宗は所在なさげに足を遊ばせている。その落ち着きのない行動が子供のような格好に妙に合っていることに気付くと、兼続は隣の彼に聞こえないように、小さく笑いを漏らした。
「――氷を喰いたい」
「また贅沢なことを」
兼続は呆れた声を出した。この真夏に氷など、真冬に氷室に入れておいたものを遠くの山より運ばせるより外に、手に入れる手段はない。それにかかる労力がいかほどのものか、この青年は解っているのだろうか。
「削って甘葛を掛ければ美味いぞ」
全く解っていないように見える政宗に、兼続は黙ったまま厳しい視線を送る。
「――それを切り出す者の暑さも考えよ、とでも言いたそうじゃな」
意外な言葉に、兼続は驚きの表情を浮かべた。
「貴様の考えておることくらい解るわ」
馬鹿め、とでも言いたそうに、政宗は唇を吊り上げる。
「だが、瓜を商う者がおるように、氷を商う者もおる」
瓜を育てるには、土を耕し、種を蒔き、さらに手入れをする必要がある。真冬に氷を切り出すのも、真夏にそれを運ぶのも、同じことだと言いたいのであろう。
「心配するな。貴様にも分けてやろう」
一口くらいはな、と飄々と続ける政宗に、兼続はさらに冷たい視線を向けた。少しは真剣に物事を考えているかと思えば、この物言いである。
「瓜ならば、喰うか」
問いかけたのは兼続だった。政宗の茶化すような物言いは気に入らないが、暑さには敵わない。瓜ならば井戸に冷やしてあることだろう。
「喰うか、喰わぬか、どちらなのだ」
呆然として答えない政宗の顔を覗き込むようにして、再度問う。
彼は僅かに左の瞳をさまよわせた。
「……喰ってもよい」
「よし、待っていろ!」
頷いたその頭を撫でれば、政宗は不服そうに眉を寄せた。