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ぼくのおとなりさん

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 いかがわしいと言っても、キスをしていただけでした。今思えば大した事ではないと思うのですが、その頃思春期を迎えているかすら危うかった俺にとっては、とても不純でいかがわしい行為に見えたのです。
あの日、二人は玄関から見えるダイニングで口づけを交わしていました。どうしてそうなったか、経緯は分かりませんが先生はダイニングの壁に寄りかかるようにしてしゃがみ込んでいました。円堂さんがそれを追い詰めるように片方の手で壁を抑え、もう片方の手で先生の手首を掴んでいたのです。
 二人はかなり絶妙なタイミングで丁度俺が覗いた瞬間にキスしました。あまりにタイミングが良かった(あるいは悪かった)ものですから、二人が俺が覗いているのを知っていてそれにあわせたのかと勘ぐったくらいです。もちろん、そんなはずはなかったのですが。
二人はしばらく口づけしあいました。恐らくその体勢から円堂さんが無理矢理先生に行為に及んだのだと思いますが、先生は態度の割に抵抗することはなくむしろあっけなく受け入れていました。
大分長かったと思います。俺はこの歳になってもあまり場数を踏んだ事がないので、キスする時間が普通どれくらいなのかが解らないのですが、俺が分かりうる限りの中でもそれはかなり長かったと思います。今考えて見れば、その時間をずっと出歯亀していた俺も相当なものでしょう。でも、俺にとってはあまりに衝撃的な光景でした。
 その頃は、それが何を意味するかあまり想像だに出来ませんでした。今思えば、なぜ二人が普段、男同士にも関わらずあんなにも仲が良いのか。合点の行く光景でもあったと思います。ただ、その時にはそんな考えには至らず、ただ二人がいかがわしい行為をしているという事にしか注目できませんでした。
 その内二人は唇を離して、しばらく見つめ合っていました。お互い喋らず蝉の声ばかりが木霊していました。ですが、急に円堂さんが立ち上がり、いってくる、とだけ先生に言って玄関まで向かってきました。
俺はこちらに来る円堂さんを見て慌てて自分の家の玄関まで戻りました。戻る前にちらりと見た円堂さんは、今まで見た事がないような表情をしていて少し怒っているようにも見えました。先生は前髪で横顔が見えず、最後まで喋らずじまいだったのでどんな表情をしていたかは解りませんでした。
少し立つと、鞄をしょってでかける風な円堂さんが部屋から出てきました。円堂さんはすぐに俺に気づいて、玄関の前で立ちすくんでいる俺に声をかけました。いつものあの明るい笑顔で。俺は鍵をなくした、と嘘ではないのですが若干うしろめたい気持ちで円堂さんに言いました。俺は先程見てしまった内心かなり焦っていてそれがあまり隠せていなかったのですが、鍵がなくて焦っているように見えたらしくて不審がられる事はありませんでした。円堂さんはすぐに合点が言ったようで、鞄から俺の家の鍵を取り出して渡してくれました。なんでも、でかけるついでに俺の家のポストに入れておくつもりだったようです。
 かくして、俺は無事に家に帰る事ができました。帰宅しても心臓がやたらと早く動いていて、どうしようもなく落ち着きませんでした。家族には素知らぬ顔をしてその日を過ごしましたが当然のように、夜はまともに眠りにつく事などできません。目を閉じるとあの光景が浮かんでくるのです。俺の部屋は先生の部屋と接していたのですが、バカな事に聞き耳まで立てて二人の様子を探ろうとしたのです。ですが、特に物音が聞こえる事はありませんでした。
 俺はその夏の日、二人の関係性を深く知ってしまったのですが、その後も二人は何も変わらず接してくれました。当然といえば当然です。二人だって見られていたとは夢にも思っていないでしょう。
もしかしたら二人にとっては特に大した事ない、些細な日常の出来事だったのかもしれません。ですが、俺にとっては忘れたくても忘れられない日となってしまいました。
 あの日の光景が、俺という人間を構成する事にまで影響するとは、その時の俺ですら予想していなかったのですから。
作品名:ぼくのおとなりさん 作家名:アンクウ