つれていって
サイドカー付きのバイクが一台、アルプスのふもとに停車している。前後には峠、左右には牧草地。
人家らしいものの影さえ見えない。
「あれ~おかしいなぁ。そろそろフランス国境についてなきゃだめなんだけど」
「国境どころか、町からも遠ざかっているように思えるんだが」
パリに向かう途中でフェリが「湖畔に評判の良いレストランがあるんだよ」と言いだした。彼のナビゲートでちゃんとたどり着けたし、確かにその店のランチはうまかった。
だが。問題はその後だった。来た道を戻ろうとしたルートに、「別の道があるよ」とフェリが言い出したので道案内を任せたのだが……。
「なあ、フェリシアーノ。目の前を見ろ」
「ん? あ~綺麗な夕日~」
「そうだ、夕日だ」
気の早い落日が、早くも山の向こうに隠れようとしている。
「ところで。俺たちは真北に向かっていたはずだよな?」
「そうそう。峠を越えたらトンネルがあって……あれ?」
ルートが深くため息をつく。
「イタリアでは太陽が真北に沈むのかっ!」
「あれぇ~?」
こいつには方向音痴の気はなかったはずだ、と油断した俺が悪かった。ルートは心中呟いた。
「えっと、俺間違えないよう一生懸命地図見てたんだよ! だから……」
「道路や標識は見てなかったと言いたいのか?」
ごめ~ん。だって、ルッツが見てくれてると思ったから~。と、フェリが(一応)すまなそうな表情を見せた。
「方向くらいは確認しろ!」
「だって、ルッツが地図から目を離すなって」
やっぱり俺のせいなのか、とルートは情けなくなってきた。
「あ、でもさっき通った町までは間違いないから!」
「どうせ、可愛い女の子にでも見惚れていたんだろう」
返事がない。図星だったようだ。
この瞬間「どうして(こいつを)(俺を)見捨てないんだろう」とふたりが同時に思ったことに、お互い気づかないのは幸か不幸か。
「仕方ない、戻るぞ」
「了解であります、隊長」
へらりと敬礼したフェリに、ルートがやや獰猛な笑みを見せた。
「戻るためにはUターンしなきゃならん。だが、車体ごと旋回するスペースは、ここにはない」
左右は牧草地。路肩は傾斜していて、うっかり踏み込むとタイヤを取られてスリップしかねない。
「バックしながら切り返して、方向転換するしかないんだが……。バイクにはもちろんバックギアはついていない」
「え? だって昔乗った奴はバックしてたよ?」
「あれは軍用だったからだ! これは普通のバイクにサイドカー連結しだだけだぞ。そんなオプションは、ない」
じゃ、どうするんだろう? と考えたフェリだが。彼も一通りの車両は運転できるので、結論はすぐに出た。
「あ。もしかして……」
「そうだ。押して回すしかない。お前も降りて手伝え。早くしないと日が暮れる」
「ヴぇ~」
フェリの鳴き声に答えるように、カラスが「かぁ」と鳴いた。ルートが言うとおり、夕闇はすぐま近に迫っている。
「重いよ~」
「ええい、泣言はゆるさん!」
努力の甲斐あって、その夜は野宿せずに済んだのだが。翌日はフェリが運転してルートがナビをする事になった。
それで万事解決したのかどうかは……また別の話。
終
*ルートは本当に、付き合いがイイというか。ドSなのにドMじゃないかと疑惑がわきます。