ありえねぇ!! 2話目
ありえねぇ!! 2
来良総合病院裏手には、ぽつりとくたびれた廃屋がある。
其処は昔、結核患者を収容していた施設であったが、取り壊そうとする度、作業を依頼された業者に不幸が訪れる為、いつしか【近づくだけで祟られる】と噂が立ち、現在は誰も訪れる者はない。
だが今その廃屋の中では、後ろ手に縛られ、両膝をついた20歳近い男が一人、身の何処かに黄色い布を巻いた少年達八人にぐるりと囲まれ、よってたかって蹴りを喰らっていた。
鈍い音が延々響き渡っているその最中、リンチにあっている男の目の前、紀田正臣は一人足を組んで椅子に腰掛け、頬杖をつきながら、寒々しい目で見下ろしていた。
「知らな……い、俺は、ぐふっ……、かはぁ……!! ほ、ほんと……に……」
「そらっ惚けんのもいい加減にしやがれ。てめぇは俺の大事な大事な大事な大事な親友を、ダンプの前に蹴り入れてくれちゃった訳なんだぜぇ? 言い逃れに一々『はいそ・う・で・す・か♪』……なぁんて、俺が納得しちゃうと思った?? 馬っ鹿じゃねー?」
「……本当……、俺…かはっ……!!」
腹を蹴られて、男は今までの吐瀉物や胃液と違う、どす黒い臙脂色した血反吐を吐く。
紀田の命令で暴行を加えていた八人の少年達は、皆、中学生や高校生だった。
このままでは殺してしまうかも……との恐怖に怯えた彼らは、縋るように正臣を見る。
「はいはい。そろそろ『潮時』って奴? しゃーねー、お前らはどいてろ」
にっこにっこと、500ミリリットルのペットボトルを取り出しながら立ち上がると、逆さまにして中身を頭からぶちまける。
途端、液体が傷口に染みたのだろう。
劈(つんざ)く悲鳴をあげ、床を転げまわってのた打ち回る。
しかし、本当の恐怖は、それが独特の刺激臭を持つ……ガソリンだと気づいた時だろう。
男は恐怖に慄きながらも、痛みに震えながら飛び起き、脱兎で逃げようと踵を返す。
だが、紀田が逃がす筈なかった。
足を蹴り払って転がし、仰向けに倒れた男の胸を靴で容赦なく踏みつける。
全体重をかけた上、じわじわと力を入れれば、みしみしと嫌な音が鳴り、やがてあばら骨がへし折れた。
肺に骨が突き刺さった痛みで、絶叫する男の眼前に、彼は風が吹いても火が消えない……ジッポライターを突きつけ、ゆらゆらと炎を振る。
「さぁ、てめーはいさぎよ~く、人生とおさらばしちゃおうか♪」
人好きのする、軟派な少年の面影はもはや無い。
今ここで、ライターの火を揺らし、にぃっと笑みを浮かべるのは、狂気を纏った『将軍』だ。
涙目で首を横に振ると、紀田の琥珀色の瞳が、ナイフの刃のように鋭く細められた。
「最後の機会をやる。【竜ヶ峰帝人】をやれって命じたのは誰だ?」
「ほ……、法螺田さんの……、めいれ……命令…で、俺は……、俺は仕方なく……」
「ふーん法螺田?」
がんっと、靴の先端が勢いよく口に決まり、歯と血が周囲に飛び散った。
「どの法螺田? 法螺貝大法螺吹きに、……ホラホラ鳥ぃ♪……っは、ねーか。ほんと碌な例えねーな。ま、いいや。そいつ、俺が抜けた後に入った奴だな? 誰経由?」
蹴りに加わっていた下っ端の一人が、直ぐに手を上げた。
「確か、比嘉達のグループです。高校のOBだとか」
「……比嘉ねぇ……」
そのグループ自体、正臣が抜けた後に黄巾賊に入った奴らである。
「そいつも臭えな。【青絡み】か探り入れとけ」
「はい、将軍」
「んでもってぇ、お前は……今の事忘れとけ」
にぃっと、悪魔のような笑みを浮かべ、彼は中指に嵌っているシルバーの指輪をくるりと回した。
途端、仕掛けてあった三センチぐらいの針が飛び出る。
それを遠慮なく首筋に押し当てれば、瞬時に男の体は痙攣を起こした。
「……あぐぁ……、ああああああ、ぎゃあああああ!!」
正に地獄の苦しみだろう。喉を掻き毟ってのた打ち回り、真っ赤な血反吐を吐いたかと思うと、今度は口から血泡を吹き、意識が途切れる。
正臣は最後の仕上げにと、ポケットに両手を突っ込んだまま、倒れた男を部屋の片隅に蹴り転がした。
実際、ゴミのような扱いだ。
「まぁここは病院だしぃ、運がよければ誰かに見つけて貰えるだろ。あー俺ってなんて親切♪」
果たして、こんな呪われた結核病棟に足を運ぶ奴がいるのだろうか?
「んじゃお前らはとっとと解散な。さぁ散れ、帰れ♪」
しっしと犬を追い払うような、手のひらの前後運動で、古参の六人はあっさり姿を消した。
だが、まだ中学生の幼い顔立ちした少年二人はその場に留まり、おどおどしつつもお互い顔を見合わせ、やがて意を決して口を開いた。
「紀田さん、黄巾賊の将軍に戻ってくれませんか?」
「俺達、やっぱ先輩がいないと駄目なんです。この頃の黄巾賊、どんどん変な方向にいっちゃって……、もうついていくのが怖いんです」
「あー無理無理。俺はもう、だらだら好きなことやって遊ぶ、【ダラーズ】だから。黄巾賊は卒業~♪ フィニッシュ♪」
心底ウザそうに手を振れば、生真面目そうなチビの顔が気色ばんだ。
「でも……、先輩は抜けた癖に、俺達を好きな時に呼びつけ、勝手に利用してるじゃないですか。そんなのって、ずるいです……、ぐはっ……!!」
両手をポケットに突っ込んだまま、ばこっと顔面に蹴りが決める。
「佐藤!!」
「ピイチクパーチクうぜぇ。【利用】じゃねーさ」
鼻血を手で押さえながら、紀田は怯えた目で見上げる佐藤と、彼の横で震える中学生に、にっこにっこと邪な笑みを向ける。
「【支配】してんだよ。文句あるなら【死ね】」
★☆★☆★
「可哀想に。君を慕ってる中学生相手に【死ね】はよくない。手駒は大事にした方がいいんじゃない?」
病院の廊下を早足で闊歩しながら、正臣は親しげに話しかけてくる男に一瞥をくれた。
蛇のような目に、ワンパターンな黒いファー付きジャケットをいつも着ている情報屋が、愛想良く手を振っている。
どうやらさっきの廃屋でのやり取りは、全部見られていたようだ。
「あー、【うざや】さん。お久しぶりっす。俺達の前に面みせるなっつったのに、何度言ったら覚えられるんすかね~? それとももう更年期障害? 老人性痴呆症? どうでもいいけどお先真っ暗な人生にかんぱ~い♪ つーかさっさと死ね♪ 今すぐ死ね♪」
「相変わらず、無駄に明るい毒舌っぷりだね。年上に向ってその口調はないんじゃない? それに俺の名前は【臨也】だよ。この頃の君は、静ちゃんと同レベルでムカつく」
「あははははは、地獄へ帰れ。嫌、魔界都市だっけ? 新宿は。とにかくここは病院で、あんたみたいな人外の魔物が来る所じゃありまっせ~ん♪」
「本当に失礼だね。用事が済んだらさっさと帰るさ。今日俺は帝人君のお見舞いに来たんだ」
悔しいが、臨也は自分より身長が高い。
紀田は並んで歩くうざったい男の面を、琥珀色の目を細めて睨み付けた。
「……今回の件も、あんたが裏から手を回したんじゃねーの?……」
「俺が可愛い可愛い帝人君を? それこそありえないよ。信じて?」
正臣は、鼻で笑った。
来良総合病院裏手には、ぽつりとくたびれた廃屋がある。
其処は昔、結核患者を収容していた施設であったが、取り壊そうとする度、作業を依頼された業者に不幸が訪れる為、いつしか【近づくだけで祟られる】と噂が立ち、現在は誰も訪れる者はない。
だが今その廃屋の中では、後ろ手に縛られ、両膝をついた20歳近い男が一人、身の何処かに黄色い布を巻いた少年達八人にぐるりと囲まれ、よってたかって蹴りを喰らっていた。
鈍い音が延々響き渡っているその最中、リンチにあっている男の目の前、紀田正臣は一人足を組んで椅子に腰掛け、頬杖をつきながら、寒々しい目で見下ろしていた。
「知らな……い、俺は、ぐふっ……、かはぁ……!! ほ、ほんと……に……」
「そらっ惚けんのもいい加減にしやがれ。てめぇは俺の大事な大事な大事な大事な親友を、ダンプの前に蹴り入れてくれちゃった訳なんだぜぇ? 言い逃れに一々『はいそ・う・で・す・か♪』……なぁんて、俺が納得しちゃうと思った?? 馬っ鹿じゃねー?」
「……本当……、俺…かはっ……!!」
腹を蹴られて、男は今までの吐瀉物や胃液と違う、どす黒い臙脂色した血反吐を吐く。
紀田の命令で暴行を加えていた八人の少年達は、皆、中学生や高校生だった。
このままでは殺してしまうかも……との恐怖に怯えた彼らは、縋るように正臣を見る。
「はいはい。そろそろ『潮時』って奴? しゃーねー、お前らはどいてろ」
にっこにっこと、500ミリリットルのペットボトルを取り出しながら立ち上がると、逆さまにして中身を頭からぶちまける。
途端、液体が傷口に染みたのだろう。
劈(つんざ)く悲鳴をあげ、床を転げまわってのた打ち回る。
しかし、本当の恐怖は、それが独特の刺激臭を持つ……ガソリンだと気づいた時だろう。
男は恐怖に慄きながらも、痛みに震えながら飛び起き、脱兎で逃げようと踵を返す。
だが、紀田が逃がす筈なかった。
足を蹴り払って転がし、仰向けに倒れた男の胸を靴で容赦なく踏みつける。
全体重をかけた上、じわじわと力を入れれば、みしみしと嫌な音が鳴り、やがてあばら骨がへし折れた。
肺に骨が突き刺さった痛みで、絶叫する男の眼前に、彼は風が吹いても火が消えない……ジッポライターを突きつけ、ゆらゆらと炎を振る。
「さぁ、てめーはいさぎよ~く、人生とおさらばしちゃおうか♪」
人好きのする、軟派な少年の面影はもはや無い。
今ここで、ライターの火を揺らし、にぃっと笑みを浮かべるのは、狂気を纏った『将軍』だ。
涙目で首を横に振ると、紀田の琥珀色の瞳が、ナイフの刃のように鋭く細められた。
「最後の機会をやる。【竜ヶ峰帝人】をやれって命じたのは誰だ?」
「ほ……、法螺田さんの……、めいれ……命令…で、俺は……、俺は仕方なく……」
「ふーん法螺田?」
がんっと、靴の先端が勢いよく口に決まり、歯と血が周囲に飛び散った。
「どの法螺田? 法螺貝大法螺吹きに、……ホラホラ鳥ぃ♪……っは、ねーか。ほんと碌な例えねーな。ま、いいや。そいつ、俺が抜けた後に入った奴だな? 誰経由?」
蹴りに加わっていた下っ端の一人が、直ぐに手を上げた。
「確か、比嘉達のグループです。高校のOBだとか」
「……比嘉ねぇ……」
そのグループ自体、正臣が抜けた後に黄巾賊に入った奴らである。
「そいつも臭えな。【青絡み】か探り入れとけ」
「はい、将軍」
「んでもってぇ、お前は……今の事忘れとけ」
にぃっと、悪魔のような笑みを浮かべ、彼は中指に嵌っているシルバーの指輪をくるりと回した。
途端、仕掛けてあった三センチぐらいの針が飛び出る。
それを遠慮なく首筋に押し当てれば、瞬時に男の体は痙攣を起こした。
「……あぐぁ……、ああああああ、ぎゃあああああ!!」
正に地獄の苦しみだろう。喉を掻き毟ってのた打ち回り、真っ赤な血反吐を吐いたかと思うと、今度は口から血泡を吹き、意識が途切れる。
正臣は最後の仕上げにと、ポケットに両手を突っ込んだまま、倒れた男を部屋の片隅に蹴り転がした。
実際、ゴミのような扱いだ。
「まぁここは病院だしぃ、運がよければ誰かに見つけて貰えるだろ。あー俺ってなんて親切♪」
果たして、こんな呪われた結核病棟に足を運ぶ奴がいるのだろうか?
「んじゃお前らはとっとと解散な。さぁ散れ、帰れ♪」
しっしと犬を追い払うような、手のひらの前後運動で、古参の六人はあっさり姿を消した。
だが、まだ中学生の幼い顔立ちした少年二人はその場に留まり、おどおどしつつもお互い顔を見合わせ、やがて意を決して口を開いた。
「紀田さん、黄巾賊の将軍に戻ってくれませんか?」
「俺達、やっぱ先輩がいないと駄目なんです。この頃の黄巾賊、どんどん変な方向にいっちゃって……、もうついていくのが怖いんです」
「あー無理無理。俺はもう、だらだら好きなことやって遊ぶ、【ダラーズ】だから。黄巾賊は卒業~♪ フィニッシュ♪」
心底ウザそうに手を振れば、生真面目そうなチビの顔が気色ばんだ。
「でも……、先輩は抜けた癖に、俺達を好きな時に呼びつけ、勝手に利用してるじゃないですか。そんなのって、ずるいです……、ぐはっ……!!」
両手をポケットに突っ込んだまま、ばこっと顔面に蹴りが決める。
「佐藤!!」
「ピイチクパーチクうぜぇ。【利用】じゃねーさ」
鼻血を手で押さえながら、紀田は怯えた目で見上げる佐藤と、彼の横で震える中学生に、にっこにっこと邪な笑みを向ける。
「【支配】してんだよ。文句あるなら【死ね】」
★☆★☆★
「可哀想に。君を慕ってる中学生相手に【死ね】はよくない。手駒は大事にした方がいいんじゃない?」
病院の廊下を早足で闊歩しながら、正臣は親しげに話しかけてくる男に一瞥をくれた。
蛇のような目に、ワンパターンな黒いファー付きジャケットをいつも着ている情報屋が、愛想良く手を振っている。
どうやらさっきの廃屋でのやり取りは、全部見られていたようだ。
「あー、【うざや】さん。お久しぶりっす。俺達の前に面みせるなっつったのに、何度言ったら覚えられるんすかね~? それとももう更年期障害? 老人性痴呆症? どうでもいいけどお先真っ暗な人生にかんぱ~い♪ つーかさっさと死ね♪ 今すぐ死ね♪」
「相変わらず、無駄に明るい毒舌っぷりだね。年上に向ってその口調はないんじゃない? それに俺の名前は【臨也】だよ。この頃の君は、静ちゃんと同レベルでムカつく」
「あははははは、地獄へ帰れ。嫌、魔界都市だっけ? 新宿は。とにかくここは病院で、あんたみたいな人外の魔物が来る所じゃありまっせ~ん♪」
「本当に失礼だね。用事が済んだらさっさと帰るさ。今日俺は帝人君のお見舞いに来たんだ」
悔しいが、臨也は自分より身長が高い。
紀田は並んで歩くうざったい男の面を、琥珀色の目を細めて睨み付けた。
「……今回の件も、あんたが裏から手を回したんじゃねーの?……」
「俺が可愛い可愛い帝人君を? それこそありえないよ。信じて?」
正臣は、鼻で笑った。
作品名:ありえねぇ!! 2話目 作家名:みかる