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まるてぃん
まるてぃん
novelistID. 16324
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記憶のカケラ

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まるで遠い昔のようだ。
声。笑い声。顔。笑顔。

覚えているのに、目の前に薄い紗がひかれていて。
怒った顔。涙。沈んだ声。白い息。

これほど心に刻まれている。
声。笑い声。顔。笑顔。怒った顔。涙。沈んだ声。白い息。
細い肩。頬のえくぼ。亜麻色の髪。凍えた指先。強い瞳。弾んだ声。伸ばされる手。名を呼ぶ声。声。声。向けられる眼差し。顔。顔。顔。声。顔。腕。背中。足。睫。唇。指先。爪。髪。肩。瞳。頬。瞳。瞳。瞳―――。



「俺が行くのか?」

その申し出に、思わず眉をひそめた。自分でも無意識のことだったが、なんとなく顔がこわばったのはわかった。

「フリックが戦士の村出身ならば、ロリマー地方の偵察に加わることは何かと都合が良いでしょう」

マッシュの穏やかな声が耳に届く。この男はいつも冷静沈着だ。声を荒げたところを一度しか見たことがない。テオ・マクドールがその息子に一騎打ちを申し出た時、その時だけ怒鳴っていた。「その男の首をはねろ」と。

「別に・・・かまわないが」

本当はのり気ではなかったが、別段断る理由があるわけではない。それに特に嫌なわけでもなかった。ただ、ほんの少し億劫なだけだ。あの地に、自分の生まれ故郷がある地に足を運ぶことが。

「では、明朝出発することにします。同行者はビクトール、クレオ、フリックの三名でよろしいですか? コウ様」

マッシュの向けた視線の先では、一人の少年が真っ直ぐな瞳で頷いてみせた。
コウ・マクドール。赤月帝国五将軍の一人、テオ・マクドールの息子。現解放軍のリーダー。黒髪黒瞳が印象的な少年。
ここにきて彼は、出会った頃より一段と強い眼差しをするようになった。精悍にさえ見える顔つきをしている。誰よりも信頼し、母親のように甘えられる存在だったグレミオを亡くし、尊敬と憧れを抱きつつ慕っていた父親をその手で討ち取った。あまりに短期間のうちに信じられないほど多くのものを失い、少年は痛ましいほどの成長を遂げている。

「じゃあフリック。また一緒に行動することになるね。よろしく」

笑う。どれほど心が傷ついても彼は笑う。
その笑顔。目の前にある笑顔。細められた瞳。両端が持ち上がった唇。引き上げられた頬。

「フリック?」

怪訝な顔で見つめ返され、途端に我に返った。

「あ・・・ああ。よろしくな、リーダーさん」

差し出された右手を握り返す。
コウはまだ少し不審そうな顔をしていたが、もう一度よろしくと言って、自分の部屋へと引き上げていった。ビクトールやクレオも、挨拶を交わして立ち去っていく。

「明朝・・・か」

一人取り残された後、ポツリと呟いた。




オデッサ―――。

彼女と最後に話した時のことを覚えている。
火炎槍の設計図を届けに秘密工場へ行く彼女を、俺はひどく心配していた。
信用できるかどうかもわからない連中と、一人で行くと言い張ったオデッサ。
俺がついていくことを、頑として許さなかったオデッサ。
なぜ、と何度も問いかけた。
その答えはいつも一緒だ。「あなたまでいなくなったら、誰がリーダーとして皆をまとめるの?」
その言葉が俺を縛る。
俺は解放軍よりも先に彼女のことが大切だった。その彼女が言った言葉だから、俺は従った。
朝焼けが輝く中、出発する直前の彼女と交わした会話。
そんなことを話していた。それはよく覚えている。心配だったから覚えている。
けれど、オデッサ。

君の顔が見えないんだ。

例えば晴れた日だったとか。俺が心配していたとか。君がいつものように俺のことを嗜めたとか。
そんなことは覚えてる。だけどそれ以外に何を君と話しただろう? それだけではなかったはずだ。もっと他愛無い話や意味のない話だってした。したはずなんだ。それは覚えているけれど、詳しい内容が思い出せない。
例えばどんな風に君は笑った? どんな声音で俺の名を呼んだ? どんな仕草で、「行ってきます」と最後の言葉を口にした―――?




苦しくて、目が覚めた。
息をするのが辛かった。
その理由を考えて、とてもまぶたが重いことに気がついて、自分の目元に手をやった。
泣いていた。
寝ながら泣くなんてことが、本当にあるのだと思った。
ひどく体がだるい。今日からまた強行軍が待っているというのに、こんな調子でどうするのだと自分でも思う。

「もっとリーダーとしての自覚を持て」

声に出して言ってみる。無様なほどに掠れた声。
何度か繰り返し声を出していると、随分ましになった。だが相変わらずまぶたは重いままだ。

「このままじゃあ、人前に出られないな」

とりあえず冷やそうと思い、外に出た。空は白み始めたところだった。出発までに目の腫れがひくだろうか? それだけが心配になる。
船着場に行って海水に手を浸すと、水は凍るように冷たかった。
すくっては顔を洗う。少々塩辛いが、その冷たさにどんどん頭が覚めてくるのがわかった。
少し逡巡してから、いつも頭に巻いているバンダナを外し海水に浸す。
十分に水を吸ったそれを持ち上げ、顔を上向けて目元に押し当てた。
濡れた布の感触をまぶたの上に感じる。目元から頬を伝い、耳を伝い、額から髪の毛を伝い、布に吸い込みきれなかった分の水が零れ落ちていく。
俺の記憶のように。
こんな情けない姿を、誰かに見られたくはないと思った。
けれど現実は、そう強く願っている時ほど望みもしないことが起こる。

「フリックさん?」

背後から聞こえたその声に、俺はどう反応していいのかわからなかった。
できればそのまま立ち去って欲しいと願ったが、背後の気配が消える様子はない。
仕方なく目元から濡れたバンダナを外し、相手に顔を見られないように背を向けて屈みこんだ。桟橋から身を乗り出すようにして、もう一度バンダナを海水に濡らす。

「何をやっているのですか?」

不審そうな声が聞こえた。それはそうだろう。真冬の時期、しかもようやく夜が明けようという時刻に、船着場で水遊びをしているなど普通ではない。

「・・・別に。ちょっと目が覚めただけだ」

言外に拒絶するニュアンスを込めて言う。だが、我が軍きっての鬼才の軍師は、そのぐらいで引き下がるような男ではなかった。まるで俺の言葉に含まれた意図には気がつかなかったかのように、こちらの神経を逆撫でるようなことを平然と口にする。

「真冬のこのような時刻にとるには、相応しい行動とは言えませんね」

相変わらず背を向けて屈んだままの俺の横に、マッシュは並んで腰をかけた。

「わかってるんなら、放っておいてくれよ」

思わず漏らした溜息を、男は忍び笑いで受け止める。

「それは申し訳ありません」

どこまで本気なのかわからないような口調だった。
マッシュは公務を離れた場では、誰に対しても少し丁寧な言葉で話しかける。そうすることで相手との間に距離を置こうとしているのだろうか?
表の顔と裏の顔。作った己と隠れた自分。
オデッサもそうだった。
出会った頃のオデッサは、こんな俺に対しても敬語を使い、俺のことを敬称をつけて呼んだ。今のマッシュと同じように。
作品名:記憶のカケラ 作家名:まるてぃん