「 拝啓 」 (6)
僕が生きている空間は、平和だった
殺人も起こらなければ事故も起こることはない、喧嘩に巻き込まれることも無い
ただ平々凡々に時間が過ぎていくのを、綺麗に整えられた箱庭の様な白いベッドの上で感じていた
一秒、一分、一時間
変化することのない速度で過ぎていく時間の中、一人思う
ああ、
この世界にとってあの人は、取るに足らない存在だったんだって
(僕にとってあの人は、なによりも誰よりも大切で愛しい存在なのに)
「………本当、」
――世界は 残酷だ
***
新羅さんとの電話から、四日(事故の起こった日から、四日)
僕が眼を覚ました後も、新羅さん達は「心配だから」と僕をマンションに置いていてくれた
でも、そろそろ帰らなくてはいけない
これ以上、迷惑を掛けるわけにもいかないから
そう思い立ち上がった僕の心は、未だにぽっかりと穴が空いていた
ひゅうひゅうと冷たい風が通り抜けていく様な心地を抱きながら、部屋のドアのノブに手を掛けた
「本当にもういいのかい?まだ此処にいてもいいんだよ帝人君」
『そうだ、無理はするな』
予想通りの二人の言葉に内心で苦笑するも、首を横に振って出て行く意思を伝える
セルティさんはまだなにか伝えようとPDAに指で触れようとしたけど、それを新羅さんが手で押さえて制した
「…分かった。帝人君がそう言うなら、僕たちはなにも言わないよ」
「ありがとう…ございます」
「だけど、無理は禁物だからね」
「はい、四日間お世話になりました」
僕は立ち上がって頭を下げると、荷物を持って玄関まで向かう
新羅さんとセルティさんも玄関まで見送りに来てくれた
「では…失礼します」
「うん、気をつけてね」
『なにかあったら連絡するんだぞ』
(本当、優しいな…)
申し訳なさでいっぱいになりながら、僕はマンションを後にした
***
外は、大分暑さが弱まっていた
「……ふぅ、」
早くマンションに戻りたいが為に、歩きも自然とはやくなる
歩行者の信号が青になって、沢山の人間が長い横断歩道を渡り始める
その途中、擦れ違った二人のサラリーマンの会話がふと耳に届いた
「――なぁ、あの飛行機事故」
「あぁ、悲惨だったな」
「日本人も何人か――」
(…っ)
どくり、心臓の音が一際大きくなる
横断歩道を渡り終えたところで、ぴたりと足の動きが止まった
どくどくと心臓が鳴る、周りの喧騒が遠くに聞こえる
――あの業火が、蘇った
「………っ」
嫌だ、そう口にしようとした時だった
どんっと誰かの肩がぶつかってはっと我に返る
喧騒が元に戻る、業火が 消えた
「……いざや、さん」
呟いた声は消え入りそうな程小さい
僕はなにもかも振り切る様に、その場から駆け出した
殺人も起こらなければ事故も起こることはない、喧嘩に巻き込まれることも無い
ただ平々凡々に時間が過ぎていくのを、綺麗に整えられた箱庭の様な白いベッドの上で感じていた
一秒、一分、一時間
変化することのない速度で過ぎていく時間の中、一人思う
ああ、
この世界にとってあの人は、取るに足らない存在だったんだって
(僕にとってあの人は、なによりも誰よりも大切で愛しい存在なのに)
「………本当、」
――世界は 残酷だ
***
新羅さんとの電話から、四日(事故の起こった日から、四日)
僕が眼を覚ました後も、新羅さん達は「心配だから」と僕をマンションに置いていてくれた
でも、そろそろ帰らなくてはいけない
これ以上、迷惑を掛けるわけにもいかないから
そう思い立ち上がった僕の心は、未だにぽっかりと穴が空いていた
ひゅうひゅうと冷たい風が通り抜けていく様な心地を抱きながら、部屋のドアのノブに手を掛けた
「本当にもういいのかい?まだ此処にいてもいいんだよ帝人君」
『そうだ、無理はするな』
予想通りの二人の言葉に内心で苦笑するも、首を横に振って出て行く意思を伝える
セルティさんはまだなにか伝えようとPDAに指で触れようとしたけど、それを新羅さんが手で押さえて制した
「…分かった。帝人君がそう言うなら、僕たちはなにも言わないよ」
「ありがとう…ございます」
「だけど、無理は禁物だからね」
「はい、四日間お世話になりました」
僕は立ち上がって頭を下げると、荷物を持って玄関まで向かう
新羅さんとセルティさんも玄関まで見送りに来てくれた
「では…失礼します」
「うん、気をつけてね」
『なにかあったら連絡するんだぞ』
(本当、優しいな…)
申し訳なさでいっぱいになりながら、僕はマンションを後にした
***
外は、大分暑さが弱まっていた
「……ふぅ、」
早くマンションに戻りたいが為に、歩きも自然とはやくなる
歩行者の信号が青になって、沢山の人間が長い横断歩道を渡り始める
その途中、擦れ違った二人のサラリーマンの会話がふと耳に届いた
「――なぁ、あの飛行機事故」
「あぁ、悲惨だったな」
「日本人も何人か――」
(…っ)
どくり、心臓の音が一際大きくなる
横断歩道を渡り終えたところで、ぴたりと足の動きが止まった
どくどくと心臓が鳴る、周りの喧騒が遠くに聞こえる
――あの業火が、蘇った
「………っ」
嫌だ、そう口にしようとした時だった
どんっと誰かの肩がぶつかってはっと我に返る
喧騒が元に戻る、業火が 消えた
「……いざや、さん」
呟いた声は消え入りそうな程小さい
僕はなにもかも振り切る様に、その場から駆け出した
作品名:「 拝啓 」 (6) 作家名:朱紅(氷刹)