ナイフと煙草と池袋
今日も池袋は快晴で、季節にしては少し暑いくらいだった。
丁度昼食の頃合い。サラリーマンや学生にOLに浮浪者に不良、極道や取立やフリーター等々。様々な職を持つ人間が限られた狭苦しい歩道を、一同皆〈他人〉に無関心無表情で往来している。
所変わって、池袋某所に店を構えるとあるファーストフード店。外の景色、もとい激しい人の往来しか見えない窓際の隅の席で、自称永遠の二十一歳である情報屋こと折原臨也は季節感のないファーのついた黒いフードジャケットに黒のジーンズ、黒の長袖Tシャツといったいつもの格好で座っていた。かれこれ二時間ほどコーヒー一杯で過ごしている。既に氷が解けて薄まってしまっているコーヒーは、半分以上手つかずのまま、紙コップの中で揺らいでいた。臨也は別に本を読んでいるわけではない。勉強しているわけでも仕事をしているわけでもない。ただ道行く人間たちを眺めているだけであった。かといって髪の毛を金色に染めて濃い化粧をした女子高校生の偏差値はどのくらいだとか、時計を見ながら走っているサラリーマンの仕事は何かとか、そう言ったことを推測しているわけでもない。本当にただ眺めている、〈傍観〉しているのである。人間が話して動いて、喜怒哀楽を表現し自分の策略通りに動いたり動かなかったり。それを見ているのが楽しくて仕方がないのだ。一人顔をにやつかせながら眺めているので周りの客達は一線を引いて関わらないように背を向けている。しかしそんな些細過なことを臨也は気にもとめない。
――― おや?
むしろその往来の中見つけた〈見知った顔〉に、臨也は気をとめた。向こうはこちらに気づいていないようで、彼の二十着あるらしい(数は減っているはずの)バーテン服は非常に目立った。できれば、絶対に目に入れたくなかった。その人物は横に並んだ上司と口数少なく話していた。何を話しているかは分からないが、きっと取り留めもないことだろうと臨也は思った。おそらくこの店に入ってくるだろう。なにせジャンクフードは彼の好物だ(ちなみに彼の好きなメニューまで心得ている)。臨也はそう予想を立て、紙コップに残っていたコーヒーを氷捨てのところにざっと流し足早に店を出ようと試みた。そのファーストフード店の入り口はレジの前に一つしかなかった。そのため臨也は注文の長い行列の横を滑るように抜け、途中その知り合いの横を抜けなければならなかった。しかし無事に通り抜け、店外に出られる、
「よぉ」
・・・はずだった。
店外まであと一歩というところで、臨也は〈見知った顔〉その正体、平和島静雄に腕をとられた。彼の容赦ない力で捕まれているので腕が悲鳴を上げている。
「・・・何で気づくかな」
その痛みをこらえて、臨也は口を開いた。
「てめぇがここにいることは気づいてたさ」
ここに入ればテメェを捕まえられるからな。
静雄は掴んだ腕にさらに力をかけた。
「ッ・・・」
痛みはさらに増し肉が圧迫され骨が軋んだが、まだ折られていないようだった。
臨也は心中で舌打ちした。しかし顔は口角を釣り上げていた。このまま大人しく静雄に腕を持っていかれるわけにはいかない。臨也は自由な左手は袖口から器用にナイフを取り出た。
「ここでシズちゃんに捕まる気はないなぁ、ここじゃなくてもだけどッ!」
そう言うと、臨也はナイフで静雄の手首少し上を、全腕力全体重を持って切りつけた。静雄は暑さで袖をまくっていたため前腕の皮膚を直接切られることになり、反射的に静雄は手を離した。垂直方向に五ミリしか刺さらなくても、水平方向に引いて切りつけられれば血は出る。痛みがあるかどうかは静雄次第だが。手が離れたことで臨也の掴まれていた腕には血が通い始め、自由になった。素早く身を翻し、臨也は走って店を出た。その背中を静雄が追いかけるのはもはや摂理に近いもので、彼らの同時存在に店内には一時緊張が走った。
「臨也アアアァァァッ!!」
そんな叫び声とともに『池袋の自動喧嘩人形』が遠ざかっていってくれたことで大きな被害もなく、営業を再開させることができた。少々出入り口付近の風通しが良くなったが。
丁度昼食の頃合い。サラリーマンや学生にOLに浮浪者に不良、極道や取立やフリーター等々。様々な職を持つ人間が限られた狭苦しい歩道を、一同皆〈他人〉に無関心無表情で往来している。
所変わって、池袋某所に店を構えるとあるファーストフード店。外の景色、もとい激しい人の往来しか見えない窓際の隅の席で、自称永遠の二十一歳である情報屋こと折原臨也は季節感のないファーのついた黒いフードジャケットに黒のジーンズ、黒の長袖Tシャツといったいつもの格好で座っていた。かれこれ二時間ほどコーヒー一杯で過ごしている。既に氷が解けて薄まってしまっているコーヒーは、半分以上手つかずのまま、紙コップの中で揺らいでいた。臨也は別に本を読んでいるわけではない。勉強しているわけでも仕事をしているわけでもない。ただ道行く人間たちを眺めているだけであった。かといって髪の毛を金色に染めて濃い化粧をした女子高校生の偏差値はどのくらいだとか、時計を見ながら走っているサラリーマンの仕事は何かとか、そう言ったことを推測しているわけでもない。本当にただ眺めている、〈傍観〉しているのである。人間が話して動いて、喜怒哀楽を表現し自分の策略通りに動いたり動かなかったり。それを見ているのが楽しくて仕方がないのだ。一人顔をにやつかせながら眺めているので周りの客達は一線を引いて関わらないように背を向けている。しかしそんな些細過なことを臨也は気にもとめない。
――― おや?
むしろその往来の中見つけた〈見知った顔〉に、臨也は気をとめた。向こうはこちらに気づいていないようで、彼の二十着あるらしい(数は減っているはずの)バーテン服は非常に目立った。できれば、絶対に目に入れたくなかった。その人物は横に並んだ上司と口数少なく話していた。何を話しているかは分からないが、きっと取り留めもないことだろうと臨也は思った。おそらくこの店に入ってくるだろう。なにせジャンクフードは彼の好物だ(ちなみに彼の好きなメニューまで心得ている)。臨也はそう予想を立て、紙コップに残っていたコーヒーを氷捨てのところにざっと流し足早に店を出ようと試みた。そのファーストフード店の入り口はレジの前に一つしかなかった。そのため臨也は注文の長い行列の横を滑るように抜け、途中その知り合いの横を抜けなければならなかった。しかし無事に通り抜け、店外に出られる、
「よぉ」
・・・はずだった。
店外まであと一歩というところで、臨也は〈見知った顔〉その正体、平和島静雄に腕をとられた。彼の容赦ない力で捕まれているので腕が悲鳴を上げている。
「・・・何で気づくかな」
その痛みをこらえて、臨也は口を開いた。
「てめぇがここにいることは気づいてたさ」
ここに入ればテメェを捕まえられるからな。
静雄は掴んだ腕にさらに力をかけた。
「ッ・・・」
痛みはさらに増し肉が圧迫され骨が軋んだが、まだ折られていないようだった。
臨也は心中で舌打ちした。しかし顔は口角を釣り上げていた。このまま大人しく静雄に腕を持っていかれるわけにはいかない。臨也は自由な左手は袖口から器用にナイフを取り出た。
「ここでシズちゃんに捕まる気はないなぁ、ここじゃなくてもだけどッ!」
そう言うと、臨也はナイフで静雄の手首少し上を、全腕力全体重を持って切りつけた。静雄は暑さで袖をまくっていたため前腕の皮膚を直接切られることになり、反射的に静雄は手を離した。垂直方向に五ミリしか刺さらなくても、水平方向に引いて切りつけられれば血は出る。痛みがあるかどうかは静雄次第だが。手が離れたことで臨也の掴まれていた腕には血が通い始め、自由になった。素早く身を翻し、臨也は走って店を出た。その背中を静雄が追いかけるのはもはや摂理に近いもので、彼らの同時存在に店内には一時緊張が走った。
「臨也アアアァァァッ!!」
そんな叫び声とともに『池袋の自動喧嘩人形』が遠ざかっていってくれたことで大きな被害もなく、営業を再開させることができた。少々出入り口付近の風通しが良くなったが。