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【新刊】好きな人ができました。【サンプル】

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中身が入っていない空のスポーツバッグを手に階段を上ってきた幽を見るのは、この三カ月でもう三回目くらいになる。
 月一回の頻度で母と二人で一週間ほど泊まり込みで出かけていく理由は良く分からない。スポーツバッグの中に着替えや中学で使う教科書やノートを詰めている最中の幽に聞いても、憮然とした態度のままで母の荷造りを手伝う父に聞いても返答は「ちょっとね」の一点張りだ。
 ちょっと、で一週間も二人でどこにいくというのか。
 何度もどこへ行っているんだ俺も連れていけと声を荒げても両親は「お兄ちゃんなんだから我慢しろ」と言う。
まるで幽だけ、どこか良い場所に連れていってるみたいに。
我慢とかそういう問題じゃ無くて、と。母と幽が家を出ていくのを翌日に控えた夜、父にこっそり聞いてみた。
だって俺は今日、見てしまった。
荷造りを終えて風呂に入っていた幽と一緒に風呂にでも入ろうかと脱衣所で服を脱いでいた時、幽が湯船の中で頭と膝を抱えている影や、とっくの昔にどこかへやってしまった表情と涙を取り戻している様子を。
行きたくない、と小さく震える声を聞いた。たった一枚の扉越しなのに、俺はそのドアを開けることができなくて、脱いだ服を静かに持って自分の部屋に戻った。どういうことだ、幽はどこに連れていかれているんだ。何かされているのか?
次々に生まれる言葉はけれど、両親の顔を思い浮かべるとすぐに消えてしまう。父ちゃんと母ちゃんに限って、俺や幽を、言い方が思いつかないから古い言い方をするなら、売ったりするなんてことはしないはずだから。誰よりも信頼していて、誰よりも俺たちを理解してくれている二人だから。
 けれど問い詰めた父は、俺の肩に手を置いて、「すぐ帰ってくるって知ってるだろ?」と言うだけ。下を向いていて表情は分からなかったけれど、声色は少し、ばあちゃんが死んだ時と同じように沈んでいた気がする。手も震えていて、何だかこれ以上問い詰めてはいけない気がした。
 同時に、明日、幽を行かせてはいけないとも思った。
 どこで何をしているのかは分からない。でも、父ちゃんがこんな風になるのがおかしいってことくらいは、国語の成績が二の俺でも分かったから。
物音ひとつしない幽の部屋の扉の前で、その扉に額を付けて目を閉じる。俺はもしかしたら明日、俺たちの大事な両親に手をあげるかもしれない。けど、きっと母ちゃんや父ちゃんだって分かってくれる。俺はお前が生まれた時にずっとお前を守るって決めた。たとえそれが俺たちを産んで育ててくれた両親に歯向かうことになったとしても――たとえそれを幽が望んでいなかったとしても、だ。
「ごめんな、幽」
 俺がもっとちゃんとした兄ちゃんだったら辛い思いをさせることも無かったのにな。
 言葉にならない声を飲み込んで眠りについた翌朝、目覚めとともに飛び込んできた母のヒステリックな声に慌てて階段を駆け降りた。ダイニングには既に身支度を終えた幽がずっしりと中身の詰まったバッグを肩にかけて立っていて、ワックスがかけられたばかりでいまのこの部屋の空気には不似合いなくらい太陽の光を反射しているフローリングを見つめていた。
 いつも父母参観日には同級生に平和島の母ちゃんはすげー美人だよな、と言われる整っているらしい顔を掌で隠してダイニングの椅子に座っている母の肩を、父が撫でていた。
「何かあったのか……?」
「無いよ」
 微動だにしない幽の様子はいつもと変わらなかったけれど、この状態で何も無かったと言う方がおかしいということくらいどんな馬鹿にだって分かる。
「嘘だろ?」
 基本的に俺には絶対に嘘をつかないけれど、嘘をつくならもっと上手く嘘が付ける奴だ、幽は。 「……無い」  冷静で頭の良い弟がここまで頑なに我を張るのは、小学生も低学年だった頃ぶりだろうか。肩にかかったスポーツバッグを床に落として幽の両肩を掴んで真正面から目を合わせる。
無表情な黒い瞳の中には、泣きそうな顔をしてる俺がいた。
「兄さん」
「……なんだよ?」
「僕のこと、忘れないで」



-中略-



『今日の晩御飯、当てっこな。外れたら、人参!』
『……ハンバーグ』
『じゃあ俺は、スパゲッティな』
『それ人参入ってるの?』
『……入ってるかもしれねぇだろ!』
『そうかなぁ……』
 ぎゃあぎゃあ騒ぎながら歩く通学路はあっという間で、家に帰ると母さんが夕飯の準備をしているのが見えた。
 今日の晩御飯は何だと詰め寄る兄に、カレーです、とじゃがいもを切りながら返す母さんは楽しそうで、まな板と包丁の音がトントン響くのを聞くのが好きな僕と兄さんはダイニングの椅子に座ってその音を聞いていた。
 ゲームをして、お風呂から上がったあたりで父さんが帰ってきた。スーツ姿の父さんを出迎えて、うちの晩御飯の時間がやってくる。
 結局晩御飯の当てっこはどちらも外れで、だから器の中のカレーの海に埋もれている小さな人参は自分で食べなくちゃいけない。
 僕は言う程人参が嫌いではないけれど、こんなもん食べるくらいだったら土食べたほうがましだ! と豪語する兄さんはそれとなく人参を避けながらスプーンを口に運んでいる。
『かあさん、僕今日写真探したいんだ』
『写真? ああ、家族紹介かしら』
『そう』
『いいわよーご飯終わったら、一緒に探しましょうね』
『母ちゃん、俺も!』
『静雄は自分の宿題しろよー?』
『父ちゃん!』
 あれこれ言いながら食卓を囲むのは毎日のことで、僕はそれが気に入っていた。兄さんが声を上げて興奮した時にすかさず入る母さんの『静雄ー足、立てないの』という鋭い声も、『幽、ちゃんと噛んで食えよ?』と笑う父さんの笑顔も全部全部大好きだった。
 食べ終わって食器をキッチンまで持っていくと、母さんが僕の髪を撫でながら写真見ようか、と笑う。  頷いて、二階の両親の寝室までついていった。兄さんは国語の勉強するぞーと父さんにシャツを引かれリビングに行ってしまった。
クローゼットの奥から母さんが持ってきた何冊かのアルバムを絨毯に並べて二人で捲っていく。
 一番最初に開いたピンクのアルバムは丁度今年の夏の旅行の写真で、青く透きとおった海を背景に家族四人が映っている写真がある。
『これでいいよ』
『そう? もう終わり?』
 中から抜き取って、ヒラヒラと写真を振ると母さんはどこか残念そうに言ってアルバムをめくり続けた。
『静雄はねぇ、ああでもないこうでもないって言いながら四時間も悩んでたのよ。こっちは幽の顔が可愛くないとか、あっちは父ちゃんがよそ向いてるとか』
『……僕はそんなに、こだわらないよ』
 どうせ皆に見せるのは一瞬だと思うから。
 続けて言うと、母さんはにっこり笑って細い指で俺の髪を撫でてくれる。
『幽は静雄と違って賢いわね。いや、静雄がお馬鹿さんとかそういうわけじゃなくてね?』
 くすくす笑いながら抱き寄せられて、二人でいくつもアルバムを捲って言った。ほとんどが僕の記憶の無いころの写真で、今の僕と同じくらいの背丈の兄が泥だらけになってる写真や、鼻水をたらして大泣きしてる写真もあった。
『あら……こんなところに』
 次のページを捲った母の指が、途中でとまる。
『……すごい』