紅の識者
貴族の元に生まれついた者は、例外なく死神にならなくてはならない
一体誰が何時決めたのか。断言できる者が一人もいないまま貴族の間に深く浸透した教訓は、誕生したその瞬間から子守唄よりも多く囁かれることだろう。
貴族の子息として生まれた者は、死神となることに疑問を持たず、当然のものとして受け止めていた。
50畳はある広い部屋の中央で、用意された数多の料理を挟み、一人の男と一人の女が酒を飲み交わす。
二人という数に、用意された料理は10人前以上あるだろうか。色とりどりの豪勢な料理と、負けず劣らずの大量の酒。そして料理を挟み座る二人は、極上の美女と美男だった。
「疑う余地がないからじゃろう。お主のような変わり者でなければな」
クツクツと笑みを浮かべ、夜一は杯に注がれた酒をクイと飲み干す。
「やっぱりアタシが変なんッスかねぇ」
「今頃気付きおったか」
至極、真面目な反応を返した浦原に、夜一はさらに機嫌を良くしたらしい。
夜一は四代貴族の一つ、四楓院家初の女当主であり、既に隠密機動総軍団長に任じられている。
彼女に『部下』という時代は無かった。
隠密機動に配属された瞬間から頂点に立ち、何千という部下を率いる立場にある。
そこに四大貴族だから、という特権は重視されていない。
実力がモノを言う世界で、貴族というコネは全く通用しない。
彼女は初めから頂点に立ちうる実力と才能を持ち、周りに異論を唱えさせなかった。
対して浦原喜助はというと、死神になるどころか、未だに死神になるための登竜門である真央霊術院すら入っていない。
日がな一日だらだらと過ごし、死神になるよう中央から送られてくる督促状には、適当な断りを入れている。
決して霊力が無いというわけではないのだ。
真央霊術院すら出てない者が、上位死神よりも高い霊圧を常に放っているのだ。
だが、何かといえば『まだ未熟者であるから』、『もう少し死神となるべく己を見つめたい』、『病になったので回復するまで』などと返事をのらりくらりとかわす。
「これと言って死神になりたいと思わないだけですよ」
機嫌を良くする夜一に、浦原はぶっきらぼうに言い返し、杯を持ったまま開け放たれた障子から外の庭園に視線を流した。
広く、そして悠然と整えられた四楓院庭には秋の風情を損なわない程度に赤く染まった紅葉の落ち葉が散らされている。
夜一の好みそうな趣だと浦原は思う。華やかさを忘れない装飾品や持て成しは、女性特有のものだろう。
どこかの鉄面皮をした男主人には、まず期待できない。
「かと申して、何がしたいということもないのじゃろうが」
「・・・毎日煙草吸って昼寝できるといいデスね」
「それを怠惰な生活と申すのじゃ」
「ストレスばかり溜める生活もどうかと思いますよ?」
「屁理屈ばかり無駄に長けるのもな」
う、と浦原は言葉を詰まらせた。浦原も相当に口が廻るが、夜一に勝てたことは一度も無い。
「・・・今日はえらく絡んで来ますが、またどこからせっつかれでもしたんですか?」
「毎日せっつかれておるわ。縛りつけて霊術院入れてしまえだの、薬盛れだの、いい加減わしも迷惑この上ない」
夜一の機嫌が一気に下がる。夜一の言葉に浦原は軽く引いたが、誇張表現は全くなかった。むしろ控え目にと言っていいだろう。
実際は上もかなり痺れを切らしているのか、真央霊術院を免除して即死神にしてしまえという話まで出ている。浦原のはっきりとした実力は分からないが、普段から放っている霊圧は、抑制されていてのものである。それが開放されればどれだけのものか。常に人手が足らない状態で、強い力を持った者を放っておくような勿体無い真似はしない。
しかし、浦原は四大貴族とまではいかなくても、それに順ずる貴族の家で、夜一という敵に廻したくない後ろ盾も持っている。
下手な手出しは出来なかった。
「わしを助けると思うて、さっさと死神になれ。毎日毎日皺くれたじじいの顔は見とうない」
易癖とした表情で夜一は言い捨てる。幼い頃からの付き合いで、夜一も浦原の人となりは誰よりも熟知していた。
一筋縄ではいかない性格は、天邪鬼な一面も併せ持つ。真正面からいって浦原が首を縦に振ることは、まずないだろう。
何より本人が嫌がっているものを無理矢理させるということが、夜一はもっとも嫌だった。
やる気がない者にさせたところで、何が出来るというのか。
その点で言えば、浦原はやりたい事しかしないし、興味の無いものには反応さえ示さない。
これほど夜一にとって分かりやすいものはなかった。
だが、挨拶という建前でやって来て、しつこく毎日ぐちぐち厭味を言われては、流石の夜一も雑音と聞き流すことが難しくなっていくる。
「そんなに死神になるのが嫌か?」
浦原は視線を庭から夜一に戻し、一口酒を飲むと、歯切れの悪い言葉で
「・・・嫌、・・・なわけではないと思うんです」
「嫌でなければ?」
「う〜ん・・・何でしょうねぇ」
首を横に傾げ、言葉を濁す浦原に、夜一は大きなため息を零した。良い返事は出なかった。
つまり、浦原はこれ以上何を言ったところで首を縦に振ることはないと分かる。
「まぁいい。わしのところに来るやつは止めておいてやる」
「いつもスイマセン」
「じゃが・・・自分のところに来たやつは自分でどうにかしろ。ワシは尻拭いしてやるほど優しくないぞ」
「え?こっち来そうな感じなんッスか?」
「わしがこうしてお主に面と向かって申しておる時点で、既に崖っぷちと思え」
でなければ、浦原を改めて四楓院家へ呼ぶ必要は全く無い。
「家出しよっかな・・・」
浦原は本気でそう考える。そうすれば、家に来ても浦原には会えず、中央の使者は手ぶらで帰るしかない。
浦原が帰るまでと居座っても、帰ってくることもないのだから無駄骨だ。
本宅以外にも隠れ家は沢山あるし、女達の家を渡り歩いてもいいかもしれない。
しかし、一見して程度の低い考えだと思えるそれも、浦原が実行すれば笑い事では済まない。
誰かに隠れてコソッと悪さをすることが、浦原は病的に上手いのだ。本気で浦原に姿を隠されたら、隠密機動総出動させてなお、見つけ出すことは至難になるだろう。
使者の催促が己に来ても、浦原に直接行っても、結局自分にツケが回ってくるのかと、夜一は内心溜息を零した。
一体誰が何時決めたのか。断言できる者が一人もいないまま貴族の間に深く浸透した教訓は、誕生したその瞬間から子守唄よりも多く囁かれることだろう。
貴族の子息として生まれた者は、死神となることに疑問を持たず、当然のものとして受け止めていた。
50畳はある広い部屋の中央で、用意された数多の料理を挟み、一人の男と一人の女が酒を飲み交わす。
二人という数に、用意された料理は10人前以上あるだろうか。色とりどりの豪勢な料理と、負けず劣らずの大量の酒。そして料理を挟み座る二人は、極上の美女と美男だった。
「疑う余地がないからじゃろう。お主のような変わり者でなければな」
クツクツと笑みを浮かべ、夜一は杯に注がれた酒をクイと飲み干す。
「やっぱりアタシが変なんッスかねぇ」
「今頃気付きおったか」
至極、真面目な反応を返した浦原に、夜一はさらに機嫌を良くしたらしい。
夜一は四代貴族の一つ、四楓院家初の女当主であり、既に隠密機動総軍団長に任じられている。
彼女に『部下』という時代は無かった。
隠密機動に配属された瞬間から頂点に立ち、何千という部下を率いる立場にある。
そこに四大貴族だから、という特権は重視されていない。
実力がモノを言う世界で、貴族というコネは全く通用しない。
彼女は初めから頂点に立ちうる実力と才能を持ち、周りに異論を唱えさせなかった。
対して浦原喜助はというと、死神になるどころか、未だに死神になるための登竜門である真央霊術院すら入っていない。
日がな一日だらだらと過ごし、死神になるよう中央から送られてくる督促状には、適当な断りを入れている。
決して霊力が無いというわけではないのだ。
真央霊術院すら出てない者が、上位死神よりも高い霊圧を常に放っているのだ。
だが、何かといえば『まだ未熟者であるから』、『もう少し死神となるべく己を見つめたい』、『病になったので回復するまで』などと返事をのらりくらりとかわす。
「これと言って死神になりたいと思わないだけですよ」
機嫌を良くする夜一に、浦原はぶっきらぼうに言い返し、杯を持ったまま開け放たれた障子から外の庭園に視線を流した。
広く、そして悠然と整えられた四楓院庭には秋の風情を損なわない程度に赤く染まった紅葉の落ち葉が散らされている。
夜一の好みそうな趣だと浦原は思う。華やかさを忘れない装飾品や持て成しは、女性特有のものだろう。
どこかの鉄面皮をした男主人には、まず期待できない。
「かと申して、何がしたいということもないのじゃろうが」
「・・・毎日煙草吸って昼寝できるといいデスね」
「それを怠惰な生活と申すのじゃ」
「ストレスばかり溜める生活もどうかと思いますよ?」
「屁理屈ばかり無駄に長けるのもな」
う、と浦原は言葉を詰まらせた。浦原も相当に口が廻るが、夜一に勝てたことは一度も無い。
「・・・今日はえらく絡んで来ますが、またどこからせっつかれでもしたんですか?」
「毎日せっつかれておるわ。縛りつけて霊術院入れてしまえだの、薬盛れだの、いい加減わしも迷惑この上ない」
夜一の機嫌が一気に下がる。夜一の言葉に浦原は軽く引いたが、誇張表現は全くなかった。むしろ控え目にと言っていいだろう。
実際は上もかなり痺れを切らしているのか、真央霊術院を免除して即死神にしてしまえという話まで出ている。浦原のはっきりとした実力は分からないが、普段から放っている霊圧は、抑制されていてのものである。それが開放されればどれだけのものか。常に人手が足らない状態で、強い力を持った者を放っておくような勿体無い真似はしない。
しかし、浦原は四大貴族とまではいかなくても、それに順ずる貴族の家で、夜一という敵に廻したくない後ろ盾も持っている。
下手な手出しは出来なかった。
「わしを助けると思うて、さっさと死神になれ。毎日毎日皺くれたじじいの顔は見とうない」
易癖とした表情で夜一は言い捨てる。幼い頃からの付き合いで、夜一も浦原の人となりは誰よりも熟知していた。
一筋縄ではいかない性格は、天邪鬼な一面も併せ持つ。真正面からいって浦原が首を縦に振ることは、まずないだろう。
何より本人が嫌がっているものを無理矢理させるということが、夜一はもっとも嫌だった。
やる気がない者にさせたところで、何が出来るというのか。
その点で言えば、浦原はやりたい事しかしないし、興味の無いものには反応さえ示さない。
これほど夜一にとって分かりやすいものはなかった。
だが、挨拶という建前でやって来て、しつこく毎日ぐちぐち厭味を言われては、流石の夜一も雑音と聞き流すことが難しくなっていくる。
「そんなに死神になるのが嫌か?」
浦原は視線を庭から夜一に戻し、一口酒を飲むと、歯切れの悪い言葉で
「・・・嫌、・・・なわけではないと思うんです」
「嫌でなければ?」
「う〜ん・・・何でしょうねぇ」
首を横に傾げ、言葉を濁す浦原に、夜一は大きなため息を零した。良い返事は出なかった。
つまり、浦原はこれ以上何を言ったところで首を縦に振ることはないと分かる。
「まぁいい。わしのところに来るやつは止めておいてやる」
「いつもスイマセン」
「じゃが・・・自分のところに来たやつは自分でどうにかしろ。ワシは尻拭いしてやるほど優しくないぞ」
「え?こっち来そうな感じなんッスか?」
「わしがこうしてお主に面と向かって申しておる時点で、既に崖っぷちと思え」
でなければ、浦原を改めて四楓院家へ呼ぶ必要は全く無い。
「家出しよっかな・・・」
浦原は本気でそう考える。そうすれば、家に来ても浦原には会えず、中央の使者は手ぶらで帰るしかない。
浦原が帰るまでと居座っても、帰ってくることもないのだから無駄骨だ。
本宅以外にも隠れ家は沢山あるし、女達の家を渡り歩いてもいいかもしれない。
しかし、一見して程度の低い考えだと思えるそれも、浦原が実行すれば笑い事では済まない。
誰かに隠れてコソッと悪さをすることが、浦原は病的に上手いのだ。本気で浦原に姿を隠されたら、隠密機動総出動させてなお、見つけ出すことは至難になるだろう。
使者の催促が己に来ても、浦原に直接行っても、結局自分にツケが回ってくるのかと、夜一は内心溜息を零した。