朝雲暮雨 after story
「とりあえず『据え膳食わぬは男の恥』って言葉知ってるっすよね?」
「・・・っ」
「覚悟を決めたほうがいいと思うっすよ?」
ニヤニヤが止まらない様子の遊馬崎。こいつは一人でどこでも生きていけそうだ、とその場に関係ないことを浮かべて思考を落ち着かせようとする門田にとどめをさすかの如く渡草が語りかける。
「こればっかりは俺も遊馬崎に賛成だな。やっぱ決めるときは決めるべきだろ」
「渡草・・・」
「門田、いつでも機会はあるかもしれねぇが、今こそ最大のそれじゃねぇか」
「渡草さん!今超カッコ良かったっすよ!そのセリフ、俺の頭の中メモリーにインプットさせてもらうっす」
遊馬崎は相変わらずテンションが可笑しいが、渡草が意外と真面目にものを言っているのに気付いた門田は二人の言葉を頭の中で反芻しながらふと狩沢の姿を思い浮かべる。
男なら誰でも自分の彼女の何も身に纏っていない姿を思い浮かべることはあるだろう、言わずもがな門田も男なのでそんな想像はしたことない、とは言い切れない。
彼女の姿を思い浮かべ、さらにその先まで想像してしまった。
瞬間、熱で浮かされた顔を両手で覆い隠しあー、とだらしなく声を漏らしながら加速する心臓の拍動と上昇し続ける体温を抑えようとする。
「門田・・・・・・」
「覚悟決めちゃってください」
「何の?」
「!?」
後部座席には上半身を傾け外から中の様子を窺うさっきまでのワゴン内の会話に参加していないワゴン組みの一員の姿があった。さっきまでの暗い表情が嘘かのように笑顔を浮かべ、小さく小首をかしげてワゴンの会話に疑問を唱える。
「あ、お帰りっす。狩沢さん」
「ただいまー。ねぇ何の話してたの?マンションからでもゆまっちの笑い声聞こえてたよ?」
「マジっすかー!?」
狩沢が車内に完全に乗り込みドアを閉めるのを確認すると、渡草はエンジンをかけなおしゆっくりとワゴンを発車させる。心の中で門田に小さく謝りながら、そして応援しながら。
「あれ?ドタチンどしたの?顔赤くない?」
バックミラーから覗き見たのだろうか、門田の変化に気付く狩沢。
門田は声を掛けてくれた自分の彼女に返答が出来ない。
まぁまぁと狩沢の背中を叩くニヤニヤ顔の止まらない青年。
青年と表現できるほど綺麗な者でもないが。
「ねぇ、ゆまっち聞いてくれるー?」
「何すか、狩沢さん」
「実はね、私いつでもドタチンの家のお泊りできるようにお泊りの準備してあるの!」
この会話を聞いた門田はさらに顔を朱色に染め、顔に本を乗せさらに両手で押さえつける。
誇らしげに荷物を見せる狩沢の姿と門田の変化の両方を見ることが出来た遊馬崎は満足そうにご馳走様です、と心の中で感謝を述べる。
僅かな罪悪感を覚えつつも、幸せそうな二人にエールを送る運転手。
横には顔の熱が止まらない父であり母である精悍な青年。
楽しくてたまらないといった様子で色々悶えている糸目の青年。
皆を別れずにワゴンに居ることが出来、喜びを隠せない様子の漆黒に身を包む女性。
個々が色々な意味で満足な異様な空気のワゴンは池袋の道路を颯爽と駆けていく―――――――
作品名:朝雲暮雨 after story 作家名:大奈 朱鳥