酒宴
「いや、どうかな…よくわからないが……。でも、まあ、帰る場所を失くしたわけじゃないと思うよ」
どんな顔をすれば良いのかわからないといった顔で、ナッシュが答える。
「そうか…」
ジョーカーは溜め息にも似た声を吐き出した。
わざわざ問いかけるまでもなく、すでにその答えは出ていた。
彼がこの場所ににこうしているという事実が、すべてを物語っている。
それでも「帰る場所を失くしたわけではない」と言えるのならば、自分のお節介もまったくのムダではなかったということだろう。だとすればもうこれ以上、口出しすることは何もない。
「ジョーカー。あんたも相変わらずだな」
先ほどまでとはガラリと調子を変えて、ナッシュはおかしそうに笑った。
15年前と同じように。
「うるさいわい」
ジョーカーは口をへの字に曲げて言い返す。
どんな場面でも茶化すことを忘れない相手に、我知らず深い溜め息が漏れた。
「でもまあ、あんたは良い仲間を持ったみたいで良かったよ」
何気なくつぶやかれた言葉。
その言葉に、それまでは周りの状況にまったくの無関心を装っていたゲドがわずかに身じろいだ。
数日前、自分がジンバに言われた言葉を思い出したのかもしれない。
『ゲド。おまえは良い仲間を持ったな』
ふたりの背後で静かにやり取りを見守っていた自分達を指して、ジンバが笑った。
これまで隊長として従ってきた人物が、実は50年前にハルモニアを相手に戦いを仕掛けた炎の運び手のひとりであり、また真なる雷の紋章の保有者だとわかっても、まったく態度を変えることのなかった自分達に、ひどく感心した様子だった。
『おまえには、信頼できる仲間はいないのか』
そう尋ねたゲドに、
『いるさ。だが、本当に守りたい者は、もう随分と前になくしてしまったよ』
そのように答えた男は、時を置かずしてこの世から去っていった。
思えばあの時、すでに彼は己の死を覚悟していたのだろう。
「おまえには、仲間はいないのか」
数日前、親友に投げかけたのと同じ言葉を、ゲドは再び目の前の男に問いかける。
ナッシュが少し驚いたように目を見張ったが、すぐにその顔にはいつもの取り繕ったような笑顔が浮かんだ。
「いるさ。でも、まあ、大切に思う者はまた別のところにいるけどな」
己の親友と同じようなことを言った男に、ゲドは言葉を返す。
「ならば、後悔しないように生きろ」
そう一言だけ言い残し、ゲドは再びアルコールに満たされたグラスを傾け始めた。
一方的に会話を切り上げた相手を、ナッシュは毒気を抜かれた様子で見つめる。やがて肩を揺らすと、声をたてて笑い始めた。
「まいったね。やっぱりあんたとは生きてきた歳月が違いすぎるか」
クックッとおかしそうに忍び笑いを漏らしながら、さり気なくジョーカーの肩に手を置く。
―――15年前の借り、返させてもらう。
耳元でそう小声でささやかれて、ジョーカーはハッとして相手の顔を振り仰いだ。
ナッシュはテーブルに上半身を乗り出し、口元に不敵な笑みを閃かせる。
「ゲド。あんたはこの戦いが終ったら、すぐに姿を消したほうがいい。ハルモニアは真の紋章狩りをあきらめたわけじゃない」
ほとんど聞き取れないほどの小声。
それなのに、なぜかくっきりとこちらの耳に届いてきた。
アルコールで気だるげな様子を見せていたクイーンやエースが、驚いた顔になって身を起こす。
だが、その時にはすでにナッシュの姿は、テーブルから離れていた。
「じゃあな。あんたらと話せておもしろかったよ」
その言葉だけを残し、背中越しに手を振ってくる。
相変わらず黙々とグラスを傾けるゲドをのぞいて、第12小隊のメンバーは呆然とその背を見送った。
次の日、ナッシュの姿は城内のどこにも見当たらなかった。
数週間後。
再び彼はジョーカー達の前に姿を現す。その隣にはハルモニア神聖国の神官将ササライが立っていた。