アンサンブルカット
とりあえず、どっちの方向性で行こうかと考えたみかどだったが、結局両方使うことにした。
色褪せたスリムなローライズのジーンズに、ロゴの入ったタンクトップを緑と青と重ね着する。その上から薄手の黒いパーカーを羽織る。パーカーは丈が長めで、裾の方が段フリルになっていて可愛いのだ。
随分と伸びた髪を最後に梳くと、リビングに向かう。セルティは準備万端で待っていてくれた。玄関でスニーカーパンプスを履くと、施錠をしてからコシュタ・バワーと共にエレベーターで下に行く。
セルティが影で作り出してくれたヘルメットを被ると、後部座席に乗ってからセルティの腰に手をまわす。
『しっかり掴まっているんだぞ』
「はい!」
馬の嘶きにも似た音をさせて、シューターは路上に飛び出した。
街中の適当なところで止まると、シューターから降りる。コシュタ・バワーをどうするのかと帝人が思っていると、どうやらこのままにしておくようだ。そういえば、このシューターには意思がある。帝人には分からないが、セルティとは意思の疎通が出来ているようなので、しばらく隠れていて必要になったら向こうから来てくれるのだろうか?
駐車場代要らずだな、と妙に現実的なことを考えてる帝人に、セルティが『待たせたな』とPDAを出す。「いいえ」と首を振った帝人が気付いたときには、シューターは消えていた。
『どこにいこうか?』
「とりあえず歩きましょう」
スルリとセルティの腕に帝人が手をまわす。楽しそうに歩く帝人が動く度に長い髪が揺れる。こちらを見上げて笑う顔、やはりウチの子は何もかもが可愛い、とセルティは親馬鹿発言連発状態だった。
セルティがヘルメットを取ることが出来ないので、なかなか入れる店が少ないのだが、ウィンドーショッピングをしたり、露天商を冷やかしたり、移動販売のクレープを食べたり、ゲームセンターでプリクラを撮ったりした。
『そういえば、さっきのことはもう良いのか?』
「さっき?」
『毛先を揃える美容室を探す目的もあったんじゃないのか?』
「あー、そういえばそうでしたね…」
帝人としては、その話はもう終わったことになっていたのだが、確かに何件か目星を付けておけばよかったと少し後悔した。
「それはまた今度っていうことで…」
適当に濁そうかとした帝人に、道端で話していた二人の近くに車が止まった。その窓が開き、見慣れたメンバーが顔を覗かす。
「やっほー、ミカミカ」
「相変わらず見事な男の娘っすねぇ、帝人くん」
狩沢と遊馬崎に「こんにちは」と頭を下げた帝人に、セルティも『久しぶりだな』とPDAを出す。
「立ち止まって、行き先の相談でもしてたんっすか?」
『帝人が髪を切りたいと言っていてな』
「切りたいんじゃなくて、毛先を揃えたいんですよ」
『ああ、そうだった。それで良い美容室はなかったのかと』
「ミカミカ、髪きっちゃうの?」
「いやだから、毛先が痛んできたのでそこだけ切りたいなぁと」
「ここら辺にあったかなぁ、イケメンのカリスマ美容師がいる店」
「僕、イケメンにはこだわりませんよ」
「帝人くんの好みはイケメンじゃないんっすか」
「遊馬崎さん、僕の性別忘れてますね」
「勿論覚えてるっすよ!でも見た目だけだとつい忘れがちになるっす」
「そーだよ!ミカミカっては小さい頃も本当に可愛かったけど、見事にそのまんま成長してくれてお姉さん嬉しい!」
「渡草さんも嬉しいっすよね?」
「なんで俺に振る?!」
「だって幼少の頃の帝人くんのルリちゃんのコス写真、今だに大切にしてるじゃない」
「なんで知ってる狩沢?!」
「前にパスケースに入れてるのをコッソリ発見して、狩沢さんにチクったっす」
「遊馬崎ぃ!」
だんだんヒートアップしていく三人に、帝人はどうすることも出来ずに見ていた。大体、狩沢と遊馬崎の二人だけでもスゴイのに、そこで渡草も加わるとどうすれば良いのか分からない。
「お前らいい加減にしろよ!帝人が困ってるじゃないか!」
そこでセルティとPDAで会話していた門田が割って入ってくれた。
「ひゅーひゅー!門田さん兄貴キャラ全開っすね!」
「ドタチンかっこいー!」
「帝人、もう二人のことは相手にするな」
「…はい」
「渡草もお前、挑発に乗るな」
「分ぁってるよ」
チラリと渡草に見られ、キョトンと帝人は目を瞬かせる。
「で、なんの話してたっけ?」
『美容室を探している』
「あー、そうだったそうだった」
仕切りなおした狩沢が頷く。
「だったらゆまっちに切ってもらえば?」
そう言った狩沢の横で遊馬崎が自分を指差して「おれ?」と首を傾げている。
「だってゆまっち手先器用じゃない」
「まー、それは仕事柄?」
「フィギュアとかも自分で色づけしてるじゃない」
「それは趣味っす」
『遊馬崎は手先が器用なのか?』
狩沢と遊馬崎の会話の間にセルティがPDAで訪ねる。
「門田さんも器用っすよ」
「俺の器用さとお前のは、また別だろう」
「そうっすかねぇ」
『だったら帝人の髪を切ってやってくれ』
「えー?!セルティさんんんんん?」
いきなりの提案に帝人は驚いてしまう。
『色々考えたのだが、髪とはいえ帝人の一部を見ず知らずの他人に触られるのは嫌な気がする。それなら遊馬崎に切ってもらう方が安心だ』
「そうっすか?」
「だったらこれから公園へ移動しよう!」
そこで青空美容室だー!と言った狩沢の勢いに押され、セルティと帝人はワゴンの中に引きずり込まれた。
折り畳みのイスに座らされ、どこからか調達されてきた布を肩から掛けてクリップで留められ、帝人は髪を切られていた。
瞬時にして霧吹きとクシと髪切りバサミを用意した狩沢の行動力はスゴすぎる。
丹念に髪を梳られ、軽く霧吹きで濡らしてから、遊馬崎は慎重にハサミを入れていった。
狩沢にあれだけ器用と言われるだけあって、確かにシャキシャキとハサミの音に淀みはない。
髪を触られるのが気持ちよくて、ついウトウトとしかけたところで「こんなもんっすかねぇ」という声が後ろから聞こえてきて帝人はハッとする。
もう一度髪全体を梳かれて、パサパサと帝人の身体から髪を落とすと、バサリと肩から掛けられていた布が取られる。
「お疲れさま~、こんなもんでどうっすか?」
後ろ髪なので帝人からは見えないが、セルティがPDAを打つ音がしている。
「そうっすかぁ~?いや照れますね」
という遊馬崎の声からすると、セルティが褒めているのだろう。
『長さはそれほど変わっていないが、毛先が少し短くなっているぞ』
「あ、はい、そういう注文でしたね」
自分で触れてみると、痛んだところがなくなって、指通りが良くなった気がする。
「ありがとうございました、遊馬崎さん」
「いえいえ、どういたしましてっす」
「お礼ならミカミカこれ着て!」
狩沢が持ってきたフリルとレースのたっぷり着いた実用性皆無のメイド服&猫耳カチューシャに、門田の雷が落ちるまで後3秒。