【DRRR】 emperorⅠ 【パラレル】
自分の発する音が、何か異質なものだと気付いたのは、小学校低学年の頃だった。
みんなで一緒に歌うときとは違う、別の回路を通って、本来声が出る場所とは違うところか風が漏れていくような感覚。
最初はそれが面白くて、でもそれはどうも歌ではない気がして、何だか赤ちゃんがあげる産声のようにも思えたので、誰にも秘密にしていた。
学校ではいつもどおり、しゃべるのと同じ部分で歌う。
そして、家や近所で自分が必ず1人でいる時にだけ、その特殊な、風のような声を出して遊んだ。
川や沢の近くで水音に合わせて歌ってみたり、森や竹林の中で葉ずれの音に合わせてメロディーを作ってみたりしていた。奇妙な感覚がするのが面白くて、何度も、何度も。
その頃の記憶が、最も楽しく歌っていたものとして残っている。
ある日、1人で遊びに行ったと心配した母が探しに来て、公園で歌っている僕の声を聞いた。
それはちょうど、雲の流れが速くて形を次々に変えていく様子が楽しくて歌っていたのだと思う。
驚いた母が僕に聞いた。
「何を歌ってるの?」と。
僕は驚いた表情をした母が怒っているのではないかと思い、すごく怯えながら答えた。
「雲と風が歌ってる歌」と。
母はもう1度歌って欲しいと言い、僕は無理だと言った。
風が吹き抜けるように歌うときは、心がその気になっていないとその声が出ないのだ。
母は「残念ね」と笑い、僕はそのとき初めて、母が期待していたことに気が付いた。
だからもっと練習して、今度は母に聞かせるために家の中で、心の中の景色を思い出しながら風を出した。
その日に見た夕焼け空とそこに飛んでいく何羽ものカラス。
遠くに聞こえる小学校のチャイムの音色。
歌い終わったとき、母はボロボロと泣きながら笑顔で「ありがとう」と言った。
僕も初めて誰かに聞かせた興奮で「ありがとう」と答えた。
そうしたら帰宅していた父が扉の向こうから現れて「盗み聞きして悪かった、ありがとう」と笑った。
僕は、これはイイコトなのか、と思った。
父と母にだけ聞かせた歌。
学校の友人に聞かせるのは恥ずかしくて、こっそりとやはり誰も居ないときに練習した。
そのうちに学校のピアノの音色が楽しくなって、夕方遅くに音楽室で1つ1つの音の鳴らし、順番にその音を自分の風の声でも奏でながら歌った。
低い音から高い音、短い音から長い音、弱い音から強い音。
いつも話すときと同じ声では、全く出すことが出来ない音がたくさんあった。
しかし、全く違うところから出てくる風の音では、すぐに真似することが出来る。その何ともいえない充実感に、何度もピアノで遊び歌った。
それを聞いたのは、先生のたまたまだった。
当時の音楽の担当教師は、他の科目のように担任の掛け持ちではなく音楽専属の女教師であり、気の強い人だったと思う。
彼女は、あまり子供好きという感じではなく、本当は音楽家になりたいのだと言っていた気がする。すぐに理想を押し付けてくるような僕自身は苦手なタイプの人だった。
その彼女が、たまたま僕がピアノで遊んでいるところに出くわし、「お家に行きましょう」と行った。
勝手に学校のピアノで遊んでいたことを怒られるのかと思っていた。
だが、気が付けば僕は、家から離れて都会の街に来ていた。
両親とその音楽教師と一緒に。
作品名:【DRRR】 emperorⅠ 【パラレル】 作家名:cou@ついった