二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

暁闇の雨

INDEX|2ページ/2ページ|

前のページ
 

速度を緩めながら振り向くと、たった今通過してきた脇道から見覚えのありすぎる自転車が滑り出してくるところだった。精密なペダリングは雨の中でもブレることなく、滑るようにして新開の横にぴたりと並ぶ。

「……東堂。なんで……」
「この雨のせいで俺の朝練コースに泥水が氾濫していてとても走れん。早起き損もシャクだったからな」

たまには直線を走ってみようかと。
飄々として同級生は言うが、新開はそれが嘘だと知っていた。

重力を無視して急峻な坂を駆け登るため、そのためだけに練られた身体は鳥の翼のようなものだ。軽い体重は風に煽られやすく、纏いつく水滴がペダルを踏む力と体温を奪ってゆく。

東堂は平地でも十分に速いし練習熱心だが、この天候にこの直線を選んで走る気質ではない。いつもの練習コースが潰れていたなら他の道を探して走るだろうし、そうしないなら登校時間までの睡眠時間に充てるのが『いつも』の東堂尽八という男だった。

「……雨と直線は嫌いなんじゃなかったのか、お前」
「好きではないな!」

問いかければ、元来嘘や誤魔化しの苦手なクライマーは悪びれもせず断言をする。……では何故、どうして、などと。

考えるまでもないことだった。新開はもう、とっくにその答えを知っている。
並走する男は堂々と胸を張って、臆面もなく笑って、そして言うのだ。

「好きではないが、お前がいるなら走ると決めた。だから来たし、俺は走る」

――全く。
全く、笑ってしまうほど優しい男!

冷え切っていた指先に、じんわりとした熱が滲む。どちらかが風除けになっているわけではない。吹きつける風も、灰色の雨の温度も何も変わらないはずなのに。
心臓に小さな灯がともったようで、苦さを含んだ笑みをこぼした。その熱は血流に乗って冷えた体を暖めたけれど、同時に、情に厚い友人の優しさが申し訳なくもあった。
彼の信頼に応えられる己かどうか、今の新開には全く自信がない。

「尽八」
「ん? 何だ」
「お前も寿一も、……靖友も。なんでこんなに……俺に付き合ってくれるんだろうな」

走れない、とは思わないのか。

一度は折れた。足を止めた。
以前のように走れる保証などどこにもない。
再び走り出したとしても、またいつ敗けるかわからない……それも実力ではなく、自分の心に。
そんな風には思わないのか。

「本当に、俺がまた走れるようになるって信じてるのか?」

誰よりも新開自身が、その恐怖に怯えている。

「福がどうかは知らないが、俺のは『信じている』とは少し違うぞ」
「どういうことだ?」
「――知っている、だ」

短く、そして確信を含んだその声に弾かれたように顔を向けると、横合いからの風にハンドルを取られ、全身を絶え間なく伝う水の流れに顔を顰めながら東堂はただ延々と続く平坦な道のずっと向こうを見据えている。そこには何かとても確かなものが存在しているようだ、今は雨に煙ってわからないけれど。
新開の視線を感じたのか、ふと表情を緩めた東堂が肩を竦めた。

「すまんね、上手くは説明できんよ。俺はお前と競ったことはないし、福と違って中学も別だしな。ただ」

ただ、と一度、言葉を迷って。
軽く握りしめた拳が新開の肩を叩いた。
雨の中走る東堂の手も暖かくはない、けれどその離れた後には確かに残されたものがある。

「それでも俺は知ってる。お前は、走るさ」
「そうだな……」

道を確認するふりで前を向き、自分の髪が、雨の中でも横顔を隠してくれる長さまで伸びていたことに新開は密かな感謝をした。雨粒でないもののために僅か滲む視界も、意思とは違うところで上向きに弧を描く口元も、客観的な視点で眺められたいものではあまりない。特にこの男には、福富に対するのとは少し違った意味で、醜態を晒したくないと思う気持ちがある。それは自転車選手としてのタイプも得意とするフィールドも全く違う相手への密かな対抗心がもたらしたものかも知れないし、或いはもっと……。

「……そうだな」

雨は降り続き未だ止まず、けれど太陽はもう、とうに朝の光を照らしているはずだった。
作品名:暁闇の雨 作家名:蓑虫