忘れ去られた過去
目を見開いて俺の名前を呼んだ佐藤くんが、その瞬間変わったような気がして怖かった。
理由は分らないが、その時、俺の名前を呼んだ佐藤くんと過去の佐藤くんが重なった。
しかし、それも、数ある可能性も頭の中で全部消して、何?どうしたの?と震える声を抑えて佐藤くんに接した。
普段と変わらないように接しようとするのに、体は思い通りには動いてくれず、少しだけ後ずさってしまった。
すると、佐藤くんはそんな俺を逃さないとばかりに腕を掴んだ。
「っやだ…!離してよ!」
振り払おうとしたけれど、掴まれた手の力が強くて振り払えなかった。
とても、嫌な予感がして俺はその場から逃げ出したかったんだ。
「離すかよ。思い出した……お前のこと全部」
俺の言葉を否定して、俺の今までの努力が全て霧散する言葉を佐藤くんの口から紡がれた瞬間、俺の体は硬直した。
硬直した体から徐々に力が抜けていった俺の唇と声は震えて、涙腺はどんどん緩んでいって、いつの間にか俺の目からは止めどなく涙が溢れてきた。
「なんで……。なんで思い出しちゃったの?」
「どうせいつかは思い出すもんだろ」
「やっぱ、俺、ここに来なきゃよかった……。そうしたら、佐藤君、思い出すこともなかったのに…」
「何で俺が思い出したらいけないんだ」
「それはっ……」
佐藤くんの、その言葉に俺は言葉を詰まらせた。
何がいけなかった?そんなの佐藤くんの幸せの妨害になるからに決まってるじゃないか。
今、佐藤くんが俺を問い詰める時の目は、あの告白の時と同じで、息苦しくなった。
「俺と、いると、さとー、くんは、幸せに、ならないから」
「何で幸せになれねえんだ?」
「だって…だって、佐藤、くん…」
ヒックヒックと子供の様に泣きじゃくる俺は、その後の言葉は上手く形に出来なかった。
そんな俺を見かねたのか、泣く俺を抱きしめた佐藤くんは困ったような、しかし優しい声音で
「泣くなよ…相馬。俺が幸せかなんて、お前が勝手に決めるなよ…。俺は、お前と居れるなら幸せだ」
宥めてくれた。
佐藤くんが優しい手つきで、頭を撫でてくれるお陰で、いつの間にか止まらなかった涙が止まった。
泣き止んでも尚、宥めてくれてる手つきが心地よくて、佐藤くんの胸に身を預けていると、再度質問してきた。
「なぁ、もしかして、あの時俺を振ったのも、その理由か?」
その質問にコクコクと数度頷くと、馬鹿だな…お前。と呆れた様に言われた。
「さっきも言ったろ?俺が幸せかなんて、お前が勝手に決めるなよ…。俺は、お前と居れるなら幸せなんだよ」
「だって、俺、男だよ?」
「だから、なんだよ」
「だから、男同士は結婚は出来ないし、子供出来ないし、世間に恋人同士だって公言も出来ないんだよ?」
「結婚なんて書類上の形式だろ。子供も世間には出来ない夫婦は居るし、大した事じゃない。俺は、相馬がいればそれでいい、他にはいらない」
佐藤くんの情熱的すぎる告白に恥ずかしくなった俺は、それ以上は喋れない様に唇を塞いだ。
「佐藤君…かっこよすぎだよ、いつものへタレはどうしたの?」
そして、普段とは違ってカッコ良すぎる佐藤くんにを茶化すように言うと「なっ」っと言葉を詰らせ、心外だと呟いた。
「……佐藤君、俺ね、ずっと…ずっと佐藤君のこと…」
佐藤くんの服をギュッと掴んで、ずっと秘めていた佐藤くんへの想いを告白しようとしたが、佐藤くんから仕返しとばかりに俺の口を塞いで、その言葉の続きを言わせてくれなかった。
「俺から言う。相馬、好きだ。中学生の時からずっと…。あと、忘れてて悪かったな」
あの時のリベンジかの様に佐藤くんからされた告白に俺はまた、泣きそうになった。
それを堪えて、コクコクと数度頷くと、ホッとしたように微笑む佐藤君に俺は見惚れてしまった。
叶わないと思っていた恋が、数年の時を経て叶った瞬間だった。
オマケ
あの告白後、佐藤くんから家に来ないかと誘われた。
当然俺は、その誘いに二つ返事で答えた。
初めて行く佐藤くんの住んでいる家は、予想より片付ていた。
「部屋、片付いてるんだねー」
「あぁ、まぁな」
佐藤くんの部屋を眺めていると、中学時代のアルバムを発見した。
「あ、これ」
「あぁ、少し前に実家から持って来たんだ」
「へー。俺と佐藤君の写真は俺が処分してくれって頼んだから、処分されて今は残っていないだろうねー」
パラパラとアルバムを捲ると、無愛想で黒髪の佐藤くんが写っていた。
懐かしいな…と、思い出に浸っていると、佐藤くんが横に座ってアルバムを覗き込んできた。
「これ」
そして、佐藤くんがある写真を指さした。
「これって…」
佐藤くんが指さした写真には、メインに写ってる人達の奥に俺と佐藤くんが雑談をしている姿が写っていた。
二人が一緒に写ってる中学時代の写真なんて無いと思っていたのに。
「さっきまで、俺も気づかなかったんだがな」
事故にあったあと、佐藤くんは俺の記憶だけは無かったが記録は残っていた。
その事実だけで、俺は嬉しくなった。
横に座る佐藤くんに甘える様に肩に寄りかかると、床に着けていた手に佐藤くんが手を重ねてくれた。
それだけで、幸せだった。
end