忘れ去られた過去
アレからずっと、声だけが頭の中をリピートする。
声の主の顔を思い出そうとしたが、朧気でハッキリしなかった。
「あー、誰なんだよ。アイツは」
悶々と声の主の事で悩んでいると、相馬が背後から近づいてきた。
「さっきからどうしたのー?佐藤君」
「あ?仕事はどうしたんだよ」
「だって佐藤君が元気なさそうだし」
「そんなことねえよ、さっさと仕事に行け」
相馬が話しかけてきたことで、考えていた事が霧散した。
笑いながら話しかけきたこいつを、適当にあしらおうとしたが、妙に食いついてきた。
「えー?佐藤くんが心配だから」
「俺の心配してる間に仕事しろ」
「なんでそんなに、イライラしてるの?」
「してねーよ」
「あ、分かった。また轟さんに店長ノロケ聞かされたの?本当に佐藤くんは…」
「うるせぇー。黙れ。俺に構うな」
「え、」
「何で俺の事ばかり知ろうとするんだよ。お前の事は教えねー癖に。お前の秘密主義は分かんねー」
何故だか分からないが相馬に対して、酷くイラついた。
俺の突き放すような言葉に傷ついた顔をする相馬に、チクッと胸が痛んだ。
「(何だこれ……?)」
痛んだ胸を抑えながら、また頭の中に浮かんだ映像に首を傾げる。
相手はぼんやりとしか見えないのだが、その相手が傷付いたような顔で「ごめんね」っと謝る映像と相馬が妙にだぶった。
×××××
この頃バイト中にも悩む佐藤くんに、思い出そうとしてるのかという疑問が浮かんだ。
だから、今日は必要以上に絡んでしまって怒らせてしまった。
その怒る佐藤くんが、事故にあって直ぐにお見舞いに行った時の彼にそっくりだった。
「お前、誰?」と冷たく言った過去の佐藤くんから与えられた衝撃と同じものを受けた気分だ。
あの時、それに耐えられなかった俺は病室を間違えたっと苦しい言い訳をして部屋から離れたのだが、その後はショックで泣いてしまい、後悔だけが心の中を渦巻いたのだった。
「(あの時と…同じだ…)」
ぼんやりと過去を思い出していると、佐藤くんから名前を呼ばれて現実に戻った。
「そう、ま」
「あ、ごめんね。佐藤君。俺、しつこかったよね」
「いや……」
辺りには気まずい雰囲気が流れて、俺はどうしようか必死に頭を巡らせた。
歯切れ悪そうに、悪かったっと謝ってくれる佐藤くんに、俺は必死に笑顔を作ってもう一度謝った。
××××
いつもなら、この程度言った位で引き下がる様な奴ではないのに今日はやけにあっさりと引き下がり、素直に謝る相馬に違和感を覚えた。
「(何なんだ?)」
違和感の正体について考えれば考えるほど混乱してきた。
そして、立ち去る相馬の腕を掴んでしまって、更に分からなくなった。
しかし、その掴んだ相馬の腕をバシッと振り払われて、また奇妙なデジャヴを感じた。
「(あれ?こんなこと前にも……)」
どこであったのだろう?そう考えていると、ズキッと頭が痛んだ。
その痛みを無視しながら、記憶を手繰っていく。
「(高校?いや、中学だ…。中学生の時に……あ、れ?)」
俺の手を払って、ハッとした表情をした相馬はまた直ぐに、ごめんねっと謝った。
その瞬間、頭の中の霧が一気に晴れていった。
「そう、ま……?」
頭の中で繰り返し思い出す声の主も、ぼんやりとしか見えなかった映像の主の事も全て、その瞬間に思い出した。