黒猫金猫
「本当は今日、あやつのところへ抗議に行くつもりであった。人の頭の中に勝手に出て来おって」
「……行かなかったのか?」
「行っていたらここには来ておらんだろうが。腹立たしさのあまり睡眠不足気味なのだ」
「……そうか。うん……そうだな」
理屈になっていない理屈を、指摘するつもりはギリシャにはない。墓穴を掘ることになるとわかっている。
さして気を使う必要がなく、かといって無遠慮に踏み込みあうこともしないで済む貴重な相手をそんな野暮のために失いたくはなかった。
相変わらず、スイスの眉間に刻まれたままの皺は深い。原因を取り除いてやることは、自分にはできない。
何やら複雑なものを抱えてしまった友人のために、では自分ができることとは何だろう。
ギリシャは少しだけ考えた。考えているギリシャの表情をどういう意味で捉えたのか、年下の友人は一度、小さく鼻を鳴らしたようだった。
「吾輩は少し寝る」
「……え……?」
「睡眠不足だと言ったであろう。1時間したら起こせ」
「え……あ」
「旨いスパナコティロピタであった。ディルはもう少し控えめの方が好みであるな」
いいとも悪いとも言わないうちに、椅子に深く腰掛け直して目を閉じてしまう。
程なく本当に静かな寝息を立て始めるスイスを、ギリシャはぽかんと眺めていた。
一方的に言いたいことだけを言ってシエスタの体制に入ってしまう勝手さなどより、まさかこの少年が、誰か他者の気配がある場所で無防備に寝入ることがあろうなどとは。想定の範囲外もいいところだ。
……想定の範囲外もいいところではあった、けれど。
「……まあ……いいか」
少なくとも、スイスの眉間の皺は今は消えているようだったので。
ギリシャは仄かに笑って、自分も椅子の背に体重を預けた。
ちょうどいい寝台が出来上がったと見た野良猫の一匹が、身軽な動きで膝に飛び乗ってくるのを優しく撫でてやりながらギリシャは、
「次は少し……レシピを変えておく」
さて、1時間後、自分はちゃんとこの金髪緑目の猫を起こしてやれるだろうかなどと。
そんなようなことを考えていた。