ちいさなせかい
学校の年中行事の中でも大規模なものの一つが学園祭だ。
各クラス夏休み前から計画を立て、夏休みの後半からは本格的に学園祭の準備が始まる。
1、2年は各クラスで展示やステージ発表を、3年は模擬店をするのが伝統のスタイルだ。
「シンのクラスは学園祭の出し物、何をするんだ?」
「ステージ発表ですよ。何故か体育館取れちゃったんで……」
「そうなのか?」
「ええ。俺は展示で適当にやりたかったのに、役まで押し付けられちゃって逃げようもないって言うか……」
そう言ってシンは溜息をつく。しかし負けず嫌いのシンの事だから、きっと誰よりも練習に熱を入れているのだろう。
そしてそこではたと気づく。
「お前はどんな役をやるんだ?」
学園祭での劇の役と言っても、チョイ役なら、まあ逃げようがない、と言う程でもないはずだ。
となると、それなりに出番がある役なのだろうかという考えに至る。
「え……ええと……秘密です!」
「そうか。じゃあ期待して観に行くよ」
「え?! いや! あ、あんた模擬店の担当とかあるでしょ? 無理しなくていいって!」
「3年生の模擬店は2日目だけだぞ。つまり、初日は各クラスを回り放題ってことだ」
どうして授業日を潰してまで二日間も学園祭をやるのかと思ったことがないでもない。
しかし今回ばかりはこの学校のやり方に感謝しよう。舞台の上に立つシンをゆっくり観ることが出来るのだから。
「あんた、絶対笑うし……」
「そんなこと、実際に観てみなきゃ分からないじゃないか」
頭をかかえるシンの背中を軽く叩いてやる。仔犬のような情けない目線が可愛くて、つい笑ってしまう。
こういう時、シンは大抵怒るのだけれど。
結局、ステージでやるのはどんな劇で、その中でシンがどんな役をやるのかは当日まで教えてもらうことは出来なかった。
学園祭初日、体育館での開会式を終え、校内は一気に熱を帯びる。
シンのクラスのステージ発表は、午後一番だ。
開会式後、一旦教室に戻って昼食を摂ったけれど、シンは今頃準備に走り回っている頃だろうか。
他に特段回りたいクラスがあるわけでもなく、少し早めに体育館へと向かう。
カラーペンで書かれた段ボールのプラカードを持った生徒たちが一生懸命勧誘している。
彼らの横を通り抜け、受付担当の生徒からパンフレットを受け取って適当な席に着く。
すべての窓を閉め、カーテンが引かれた体育館には湿った熱い空気が篭っていて、そう間を置かずに不快な汗が背中を伝っていく。
暑さ対策の意味合いか、全校生徒には団扇が配布されているが、送られてくる風がやはり熱くて、果たして意味があるのかないのか。
演劇部は緞帳を降ろした状態から始めるらしいが、学年のステージ発表では緞帳は使わない。
舞台に準備されたセットを観るに、西洋を舞台にした物語らしい。
先程受け取ったパンフレットに目を落とすと、かなりの人数に役が割り振られているらしく、シンの名前が見つからない。
そうこうしているうちに体育館の照明が落とされ、光はカーテンの隙間やわずかに開けられた出入口から差し込むものだけになる。
ああ、いよいよ始まるんだ。
気付けば客席はなかなかの埋まりようだけれど、多くは時間つぶしだろうか、隣同士で何かささやき合っている。
発表者は真面目にやっているのだから、その態度はどうなんだと言ってやりたくもなったが、唐突に流れ始めた音楽に意識を奪われた。
音量が引き絞られて、舞台にスポットライトがあてられ、ひとつの影が現れる。
衣装からみてそれなりの身分の女性らしいが、顔を伏せ、さらに手で覆っているために表情はわからない。
『ああ、なぜ、わたしはこんな場所にいるのかしら』
『ああ、なぜ、わたしはこんな時代にいるのかしら』
『ああ、なぜ……』
生に絶望するような声は、しかし女子にしてはやや低い。
『こんな世界に、意味なんてあるのかしら!』
舞台上の影はそう叫んで、キッと顔を上げる。
明転したからだけではない目眩にも似た感覚に襲われた。
大声を出しそうになったのはどうにか堪らえたものの、まさかこういう事だったとは。
長い髪のカツラを被り、たっぷりとしたフリルの衣装を着て舞台に立っていたのは、ほかでもない、シンだった。
各クラス夏休み前から計画を立て、夏休みの後半からは本格的に学園祭の準備が始まる。
1、2年は各クラスで展示やステージ発表を、3年は模擬店をするのが伝統のスタイルだ。
「シンのクラスは学園祭の出し物、何をするんだ?」
「ステージ発表ですよ。何故か体育館取れちゃったんで……」
「そうなのか?」
「ええ。俺は展示で適当にやりたかったのに、役まで押し付けられちゃって逃げようもないって言うか……」
そう言ってシンは溜息をつく。しかし負けず嫌いのシンの事だから、きっと誰よりも練習に熱を入れているのだろう。
そしてそこではたと気づく。
「お前はどんな役をやるんだ?」
学園祭での劇の役と言っても、チョイ役なら、まあ逃げようがない、と言う程でもないはずだ。
となると、それなりに出番がある役なのだろうかという考えに至る。
「え……ええと……秘密です!」
「そうか。じゃあ期待して観に行くよ」
「え?! いや! あ、あんた模擬店の担当とかあるでしょ? 無理しなくていいって!」
「3年生の模擬店は2日目だけだぞ。つまり、初日は各クラスを回り放題ってことだ」
どうして授業日を潰してまで二日間も学園祭をやるのかと思ったことがないでもない。
しかし今回ばかりはこの学校のやり方に感謝しよう。舞台の上に立つシンをゆっくり観ることが出来るのだから。
「あんた、絶対笑うし……」
「そんなこと、実際に観てみなきゃ分からないじゃないか」
頭をかかえるシンの背中を軽く叩いてやる。仔犬のような情けない目線が可愛くて、つい笑ってしまう。
こういう時、シンは大抵怒るのだけれど。
結局、ステージでやるのはどんな劇で、その中でシンがどんな役をやるのかは当日まで教えてもらうことは出来なかった。
学園祭初日、体育館での開会式を終え、校内は一気に熱を帯びる。
シンのクラスのステージ発表は、午後一番だ。
開会式後、一旦教室に戻って昼食を摂ったけれど、シンは今頃準備に走り回っている頃だろうか。
他に特段回りたいクラスがあるわけでもなく、少し早めに体育館へと向かう。
カラーペンで書かれた段ボールのプラカードを持った生徒たちが一生懸命勧誘している。
彼らの横を通り抜け、受付担当の生徒からパンフレットを受け取って適当な席に着く。
すべての窓を閉め、カーテンが引かれた体育館には湿った熱い空気が篭っていて、そう間を置かずに不快な汗が背中を伝っていく。
暑さ対策の意味合いか、全校生徒には団扇が配布されているが、送られてくる風がやはり熱くて、果たして意味があるのかないのか。
演劇部は緞帳を降ろした状態から始めるらしいが、学年のステージ発表では緞帳は使わない。
舞台に準備されたセットを観るに、西洋を舞台にした物語らしい。
先程受け取ったパンフレットに目を落とすと、かなりの人数に役が割り振られているらしく、シンの名前が見つからない。
そうこうしているうちに体育館の照明が落とされ、光はカーテンの隙間やわずかに開けられた出入口から差し込むものだけになる。
ああ、いよいよ始まるんだ。
気付けば客席はなかなかの埋まりようだけれど、多くは時間つぶしだろうか、隣同士で何かささやき合っている。
発表者は真面目にやっているのだから、その態度はどうなんだと言ってやりたくもなったが、唐突に流れ始めた音楽に意識を奪われた。
音量が引き絞られて、舞台にスポットライトがあてられ、ひとつの影が現れる。
衣装からみてそれなりの身分の女性らしいが、顔を伏せ、さらに手で覆っているために表情はわからない。
『ああ、なぜ、わたしはこんな場所にいるのかしら』
『ああ、なぜ、わたしはこんな時代にいるのかしら』
『ああ、なぜ……』
生に絶望するような声は、しかし女子にしてはやや低い。
『こんな世界に、意味なんてあるのかしら!』
舞台上の影はそう叫んで、キッと顔を上げる。
明転したからだけではない目眩にも似た感覚に襲われた。
大声を出しそうになったのはどうにか堪らえたものの、まさかこういう事だったとは。
長い髪のカツラを被り、たっぷりとしたフリルの衣装を着て舞台に立っていたのは、ほかでもない、シンだった。