折原さんちの帝人くん
人は生まれよりも育ちが大切だという。
どういう教育を受けてきたかである程度
その人自身の基礎ができあがるからだ。
僕には兄が一人いる。
大分年の離れた兄だったが、わりと仲は良かったと思う。
兄の容姿や、能力を第三者の視点で見ればとびぬけたものではあったが
弟の前では甘えたがりで子どもっぽい、無邪気な兄だった。
「帝人くん、帝人くん」と子犬のようにじゃれついてくる。
とても8歳も年が離れているような感覚は一切なく、同年代の気の合う友人のような
関係を築いていた。
自分の名前は正直好きではない。
小学校の時の学活か何かの宿題で自分の名前の由来を
調べるというものがあった。
両親にどうして「帝人」などという仰々しい名前を
つけたのかと聞くと母親はしばし沈黙した後「怒らないでね」と前置きした。
そのときに激しく嫌な予感がしたが宿題を白紙で出す勇気もでっちあげる勇気もなかったので
大人しく聞くことにした。
結論から言うと、両親は女の子が欲しかったらしい。
第一子に預言者の名前をつけたのだからせっかくだし
兄妹揃って預言者の名前をつけようとして「ミカ」という名前を
用意していたそうだ。
「イザヤ」に比べたら随分とありきたりな名前だったが、
両親はすっかり気に入ってしまい、出産を早くも待ち望んでいたらしい。
ところが超音波検査をしてみると男だったということが判明、
もうこの名前を付ける気満々だった両親は仕方なくミカを男用に
変更したというわけだ。
そして娘を諦めきれずにまた挑戦して、今度こそ当たりくじを引いた。
それが双子の妹、九瑠璃と舞流だった。
「……つまり、僕はいらなかったの?」
上記の理由と経緯から導かれるシンプルな答えを口にした自分に対して
珍しく厳しい顔で母親は否定した。頬をぱちんと両手で挟むように軽く叩かれもした。
お前はいらない子なんかじゃない、そんな悲しいこと二度と言っちゃダメ。
そんなことを言われた覚えがある。
それが嬉しかったのか、逆に切なかったのか、はたまた両方だったのか
もう思い出せないけれど、とにかくぐるぐると渦巻く感情に行き詰った僕は
両親以外に頼れる唯一の存在である兄に縋った。
他愛ないと一笑に付されても仕方ない悩みを兄はいつも通りの
あいまいな笑顔を浮かべて一度も口を挟むことなくきいてくれた。
「帝人くんはさ、理由って最初に用意されてるものだと思ってる?」
兄の椅子の下に潜り込んで訥々と語った僕を引きずり出して
自身の膝に乗せながら兄は問いかけてきた。
「えと、…だって、名前って赤ちゃんができたら用意するものでしょ」
「うん。だけどさ、両親が子どもにこうなってほしい、ああなってほしいって
願いを込めてつけた名前なんてさ、当の本人にとっては何にも関係ないよね。
確かに変な名前だと学校でちょっとからかわれたりするけどさ。
…まあ、俺が言いたいのは名前に限った事じゃなくて、
最初に用意された理由よりも後からくっついてくる理由の方が多いよってこと」
ね、と爽やかな微笑を浮かべて小首を傾げる兄の、
その薄い皮膚の頬をしばらく見つめた後こくりと頷いた。
それを見た兄は今度は悪戯っぽく口角を上げて破顔した。
「それにさあ、自分の名前を気にするのなんてそいつ本人だけなんだよ!
どれだけデタラメな名前してたってさあ、他のやつは『へえ、変わった名前』で
終わるよ。自分の名前と一生付き合っていくのは自分だけなんだから。」
こうして名前のコンプレックスからは解放されたけれど、
また別の問題が浮上してきた。
今度は名前じゃない、容姿だった。
兄の臨也は誰の目から見ても整った顔立ちをしていたし、
妹の九瑠璃と舞流も幼いながらも立派な美少女だった。
つまり間に挟まった僕だけが平凡地味。
兄妹で僕だけが似ていないこともあり、真剣に養子を疑ったりもした。
そんな僕を見かねたのか、兄はどこからか戸籍謄本を取って見せてくれたので
その疑いは早々に晴れたのだが。
自分も兄や妹のように美形に生まれたかった、と思わなかったわけではないが、
周囲は残酷なもので、例えば兄の友人に「弟だ」と紹介されればその人たちは
あれ、似てないねと呟くし、妹の友人に「二番目の兄だ」と紹介されれば
あれ、普通だね、上のお兄さんと違うねと言われた。
それを友人たちに指摘されるたびに兄も妹も不思議そうな顔をしていた。
「あんなに可愛いのに」と不服そうに呟いたりしてもいた。
どうやら彼らの美的感覚は常人と違うらしかった。
どういう教育を受けてきたかである程度
その人自身の基礎ができあがるからだ。
僕には兄が一人いる。
大分年の離れた兄だったが、わりと仲は良かったと思う。
兄の容姿や、能力を第三者の視点で見ればとびぬけたものではあったが
弟の前では甘えたがりで子どもっぽい、無邪気な兄だった。
「帝人くん、帝人くん」と子犬のようにじゃれついてくる。
とても8歳も年が離れているような感覚は一切なく、同年代の気の合う友人のような
関係を築いていた。
自分の名前は正直好きではない。
小学校の時の学活か何かの宿題で自分の名前の由来を
調べるというものがあった。
両親にどうして「帝人」などという仰々しい名前を
つけたのかと聞くと母親はしばし沈黙した後「怒らないでね」と前置きした。
そのときに激しく嫌な予感がしたが宿題を白紙で出す勇気もでっちあげる勇気もなかったので
大人しく聞くことにした。
結論から言うと、両親は女の子が欲しかったらしい。
第一子に預言者の名前をつけたのだからせっかくだし
兄妹揃って預言者の名前をつけようとして「ミカ」という名前を
用意していたそうだ。
「イザヤ」に比べたら随分とありきたりな名前だったが、
両親はすっかり気に入ってしまい、出産を早くも待ち望んでいたらしい。
ところが超音波検査をしてみると男だったということが判明、
もうこの名前を付ける気満々だった両親は仕方なくミカを男用に
変更したというわけだ。
そして娘を諦めきれずにまた挑戦して、今度こそ当たりくじを引いた。
それが双子の妹、九瑠璃と舞流だった。
「……つまり、僕はいらなかったの?」
上記の理由と経緯から導かれるシンプルな答えを口にした自分に対して
珍しく厳しい顔で母親は否定した。頬をぱちんと両手で挟むように軽く叩かれもした。
お前はいらない子なんかじゃない、そんな悲しいこと二度と言っちゃダメ。
そんなことを言われた覚えがある。
それが嬉しかったのか、逆に切なかったのか、はたまた両方だったのか
もう思い出せないけれど、とにかくぐるぐると渦巻く感情に行き詰った僕は
両親以外に頼れる唯一の存在である兄に縋った。
他愛ないと一笑に付されても仕方ない悩みを兄はいつも通りの
あいまいな笑顔を浮かべて一度も口を挟むことなくきいてくれた。
「帝人くんはさ、理由って最初に用意されてるものだと思ってる?」
兄の椅子の下に潜り込んで訥々と語った僕を引きずり出して
自身の膝に乗せながら兄は問いかけてきた。
「えと、…だって、名前って赤ちゃんができたら用意するものでしょ」
「うん。だけどさ、両親が子どもにこうなってほしい、ああなってほしいって
願いを込めてつけた名前なんてさ、当の本人にとっては何にも関係ないよね。
確かに変な名前だと学校でちょっとからかわれたりするけどさ。
…まあ、俺が言いたいのは名前に限った事じゃなくて、
最初に用意された理由よりも後からくっついてくる理由の方が多いよってこと」
ね、と爽やかな微笑を浮かべて小首を傾げる兄の、
その薄い皮膚の頬をしばらく見つめた後こくりと頷いた。
それを見た兄は今度は悪戯っぽく口角を上げて破顔した。
「それにさあ、自分の名前を気にするのなんてそいつ本人だけなんだよ!
どれだけデタラメな名前してたってさあ、他のやつは『へえ、変わった名前』で
終わるよ。自分の名前と一生付き合っていくのは自分だけなんだから。」
こうして名前のコンプレックスからは解放されたけれど、
また別の問題が浮上してきた。
今度は名前じゃない、容姿だった。
兄の臨也は誰の目から見ても整った顔立ちをしていたし、
妹の九瑠璃と舞流も幼いながらも立派な美少女だった。
つまり間に挟まった僕だけが平凡地味。
兄妹で僕だけが似ていないこともあり、真剣に養子を疑ったりもした。
そんな僕を見かねたのか、兄はどこからか戸籍謄本を取って見せてくれたので
その疑いは早々に晴れたのだが。
自分も兄や妹のように美形に生まれたかった、と思わなかったわけではないが、
周囲は残酷なもので、例えば兄の友人に「弟だ」と紹介されればその人たちは
あれ、似てないねと呟くし、妹の友人に「二番目の兄だ」と紹介されれば
あれ、普通だね、上のお兄さんと違うねと言われた。
それを友人たちに指摘されるたびに兄も妹も不思議そうな顔をしていた。
「あんなに可愛いのに」と不服そうに呟いたりしてもいた。
どうやら彼らの美的感覚は常人と違うらしかった。
作品名:折原さんちの帝人くん 作家名:おりすけ