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まるてぃん
まるてぃん
novelistID. 16324
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連綿たる始まり ~13 years ago~

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このところ、クールーク皇国の中枢部はにわかに活気づいていた。
活気、と言えば聞こえは良いが、実際にそこに流れる空気にはピリピリとした緊張感が含まれている。
ここ数年は無粋に走り回る者のいなかった王城の廊下を、幾人もの人間が足音高く行き交っていた。
とは言っても、今の状況に危機感を覚えているのは、実際に実務をこなしている下級官吏ばかりである。
政治の実権を握り、この国の行く末を担っている高級官僚達は、いつもより半刻ほど早く寝所から起き上がり、いつもより朝食後のティータイムをほんの少し短めに切り上げて、いつものようにゆったりとした物腰で城内にある己の執務室へと向かった。

今、城内を騒がしているのは、赤月帝国の国境付近で起きたある事件だった。
長らくクールーク皇国と赤月帝国との間で続いていた戦争とも言えない小競り合いも、二年前の休戦協定によって、一応の落ち着きを見せていた。
そんな折、クールーク皇国にほど近い赤月帝国の国境付近の村が、何者かに襲われ壊滅するという事件が起こった。
赤月帝国側はこの事件を調査し、やがてこれは「クールーク皇国による虐殺」だという論が浮上した。
むろん赤月帝国は、この論を公式として発表したわけではない。
かの国にしてみれば、今、クールーク皇国と事を構えても何の利もなく、また、論を唱えているのも虐殺された村を領地に持っていた単なる地方の一貴族でしかなかった。
だが、クールーク皇国側からしてみれば、公式に発表されていないとはいえ、濡れ衣を着せられてそのまま黙っているわけにもいかない。
両国間でいくつもの書簡が行き交い、互いの国へと外交官が赴いて、ようやく事態が収拾の兆しを見せ始めたところで、第二の事件が起こった。
初めに襲われた村からそれほど離れていない村が、また一夜にして殲滅したのだ。
それはたとえ征服したところで、戦略上なんの意味も持たない小さな村だった。
盗賊達が金目の物を狙って襲うことさえないあり得ないような、ほんの小さな貧しい村だった。
そのようにささやかな暮らしを送ることしか許されていなかった村を、いったい誰が何の目的で襲うというのだろう?
疑惑はまたたく間に広がり、今、両国は再び不穏な空気に包まれている。
誰もこの事件を、赤月帝国に対するクールーク皇国の奇襲だなどとは思っていなかった。
だが、実際にこの事件に携わっていたどちらの国の官僚達も、短かった平穏が終わりを告げようとしていることを、漠然とした不安としてその身に感じていた。



「これはランバード卿。お早い時間に登城なさっておいでですな」

今しがた配下の者から受け取ってきた書類を片手に、王城の廊下を足早に歩いていたコルトンは、角を曲がったところで見えた細身の男の背中に声をかけた。
先を歩いていた人物は、その呼び声に振り返る。
漆黒の髪と瞳が印象的な、40代半ばの男である。

「コルトン殿。あなたのほうこそ、このような夜も明けきらぬ時刻からどうなされました?」

穏やかな声音で問い返してきた男に向かって、コルトンは口ひげを蓄えた唇をわずかに歪ませた。

「ほれ、この通り。たった今、配下の者から今回の事件に関する報告書を受け取ってきたところです」

今回の事件とは、言わずもがな赤月帝国の国境付近の村で起きた事件のことだ。
ランバード卿と呼ばれた男―――パリス・ランバードは、片手の書類を掲げてみせたコルトンにわずかに首を傾げた。

「はて? 失礼ながらその事件に関しては、まだ軍部へは何も通達はいっていないはずですが?」

パリスが不審がるのも当然のことであり、この事件に関してはまだ中央委員会を中心とする政府でその対策が練られている段階である。そこそこに有力な軍閥貴族の出であるとはいえ、立場上は一軍人にしかすぎないコルトンが、わざわざ報告を受け取って吟味する必要のないことだった。
コルトンのような軍人の力が求められるのは、政府が軍の派遣を決めてから後のことである。

「まあ、確かに今の段階では、私にできることはありませんが。だからと言って、赤月帝国との間に再び戦端が開かれかねないこの事件を、まるで対岸の火事のように眺めていることもできますまい」

コルトンの言に、パリスはすっと目を細めた。
今、この国の中枢を担う高級官僚の大多数が、今回の事件を単なる「隣国の不幸な惨事」というふうにしかとらえていない。はなはだ楽観的ではあるが、よもやこれが国と国との戦争を引き起こす火種になろうとはまったく思っていないのだ。
その中にあって、今のコルトンの言は、極めて先見の明に富んだものであると言えた。
彼は生粋の軍人の家系に生まれながら、政治的な見解も備えている。
ただ、これは本人も自覚していることだが、コルトンの頭はどうにも固くできていて、政治的な駆け引きというものにはとんと向いていなかった。
それに比べてパリスは、代々軍事面での政治的権限を握る役職を担ってきたランバード家の家長である。泥沼な様相を見せる貴族社会でも十分に通用する政治的手腕の持ち主だった。
この温和な外見と物腰にだまされてはいけない。コルトンが生粋の軍人ならば、ランバードは生粋の政治家である。ふたりは同じ軍閥貴族に属す身でありながら、水と油のように生き方も性格もまったく正反対の人物であると言えた。

「どうですかな? この事件、うまく収まりそうですか?」

コルトンはパリスの隣へすっと肩を並べる。
背が高く細身のパリスと小柄で体格のがっしりとしたコルトンとでは、見た目からしてまったく異なるタイプだったが、なぜかふたりは妙に馬が合った。
お互いに同年代という気安さも確かにある。
だが、いくらクールーク皇国の軍務を司る役職に就いているとはいえ、政治家であるパリスと軍人のコルトンとでは、ほとんど接点らしい接点もない。さらに、有力とは言っても中流貴族どまりのコルトンに対して、パリスはクールーク皇国でも屈指の大貴族だった。
本来ならば、コルトンが肩を並べて歩ける相手ではない。事実、ふたりが初めてまともに顔を合わせたのも、今からたったの二年ほど前のことでしかなかった。
それは南の群島諸国で起きたある事件がきっかけだった。それ以来、なぜかパリスは何かとコルトンに話しかけてくる。
初めはいささか困惑していたコルトンも、やがて彼が見た目通りの優男でもなければ、単なる気位が高いだけの能無し貴族でもないことを知り、いささか興味を持つようになった。
お互いにこうして姿を見かけた時に話しかける程度ではあるが、今では確かにふたりの間には友情と呼べるものが存在していた。

「そのことですが、実はあなたに折り入って話しておきたいことがありまして…」

パリスにしては珍しく言葉をにごす。そのことをコルトンは訝しく思い、自分より頭二つ分は背の高い相手の顔を見上げた。
まっすぐに前を向いたままの彼の顔からは、一切の表情が消えている。
そのことにコルトンはますます困惑した。