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ネイビーブルー
ネイビーブルー
novelistID. 4038
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天国の塔

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 生きているものは、いずれ死ぬ。それが早いか遅いかだけの違いだ。けれど、その違いというのが、私にとっては堪え難いものだった。

 私のパートナーが死んだのは、ある秋の日のことだった。前日まで、いつものように散歩に出かけて、他のトレーナーと戦って、本当に普段どおりに過ごしていたのに、朝になったら冷たくなっていた。起きてくるはずの時間になっても姿を見せないのを不審に思って庭に出るまで、私は気づきもしなかった。友人のヨーテリーは、死ぬ直前に大きく鳴いて飼い主を呼んだそうだけど、私のカラカラは少しも鳴かずに静かに逝った。私は気づかなかった。

 最初、何の冗談かと思った。瀕死状態なら見慣れている。私はあまり、強くないから。けれど、瀕死状態とは明らかに違っていた。体が冷たかった。震える手で元気の欠片を与えようとしたけれど、駄目だった。ミックスオレもモーモーミルクも、もうなにも、カラカラを癒すことは出来なかった。私は小さな体を抱き締めることしかできなかったが、私の体温は、それにはちっとも移らなかった。カラカラは死んだ。死んでしまった。

 私のカラカラは、私の母から貰い受けたものだ。彼が被っていた骨は、彼の母親のガラガラのもの。彼の母親は、カントー地方のシオンタウンに眠っている。私の生まれはカントーだからだ。母はまだ、カントーにいる。私は仕事のためにイッシュ地方まで出てきた。そういえば、もう何年も帰っていない。

 どこに埋葬しようかと考えて、私はタワーオブヘブンに連れて行くことにした。カントーまで戻ることが出来ないわけではなかったが、私の居住区の近くに眠って欲しかった。私の我が儘だ。

 モンスターボールではなく、小さなバスケットに花を敷き詰め、布に捲いた彼を収める。太い骨を持たせれば天下無敵だった彼は、とても軽かった。
 こんなに弱々しかっただろうか。こんなに小さかっただろうか。
 言葉に出来なかった。私は少しだけ泣いて、涙を拭って家を出た。

 タワーオブヘブンには多くのトレーナーがいる。戦いを挑んでいる人、挑まれている人。昨日までは、私も彼らの中に入ることが出来た。でも今は、パートナーがいない。新しいパートナーを手に入れるのは難しいことではないが、欲しいとは思わなかった。長い階段を上る。トレーナーたちの楽しそうな歓声が、耳障りだった。

 お墓参りに来ている人たちが大勢いた。私は手続きを済ませ、カラカラを埋葬した。埋葬した墓は、二階に据えられた。他の墓と同じ形、同じ大きさ。刻まれている文字だけが違う。私はニックネームを付けない主義だったから、カラカラ、と、だけ刻まれた。そっけないような気もして、名前を付けてあげれば良かったと今更ながら思った。もう遅い。

 彼の頭蓋骨は、一緒に埋めてもらった。カラカラは、親から受け継いだ頭蓋骨を被る。けれど、彼には子どもがいない。引き継ぐものがいない。途絶えてしまった。
 私にも、恋人はいない。結婚する気もない。途絶えてしまうのかも知れない。母の顔が浮かんだ。

 ごめん、と呟いた。誰に向かって言っているのかは分からなかった。

 タワーの外に出ると、十歳前後くらいの男の子が、連れているミジュマルと戯れていた。ミジュマルは珍しいポケモンだ。私は図鑑で見たことはあるが、生では初めて見た。
 少年の目は輝いていた。旅をしているのだろう。鞄には図鑑、腕にはパートナー。よく見る光景だ。私もかつて、こうだった。いくつめかのジムで現実を知り、家に帰るまで。……私は一番最初のジムですら、超えられなかった。ジムリーダーの彼女、カスミさんは元気だろうか。

 私の視線に気づいたのか、男の子がぺこりと頭を下げた。
「お参りですか?」
「ううん、今、埋葬してきたところ」
 男の子は、何とも言えない顔をした。
「ごめんなさい」
 優しい子だ。
「いいえ、大丈夫。もう大分、おじいちゃんだったから」
 物心ついたときにもらったカラカラは、私のパートナーだった。子どもの頃は遊び相手で、思春期の頃は相談相手だった。私を癒し、励まし、叱ってくれた。誰よりも近い相手だった。いつも私の後をついてきてくれた。
 でも、もういない。

 ふと、少年に無線が入った。親と話しているのだろうか。プラズマ団、という言葉が聞こえてきた。

 そういえば、巷ではなにやら不穏な集団が動いていると聞いた。それがプラズマ団だったと思う。ポケモンが人間に支配されていることを不当とし、ポケモンの解放を企んでいるらしい。
 彼らは言う。ポケモンは望んで戦っていない。望んで人間に付き従っていないと。
 私には、どうだか分からない。私はポケモンに詳しくない。ただ、カラカラのことは友だちだと思っていた。従えているとは思っていなかった。戦わせることもあるけど、それは、信頼があるからだと思っていた。それでも改めて言われると、揺らぐ。カラカラは、私といて幸せだったのだろうか。私は彼が死んでしまう前に、彼を解放するべきだったのだろうか。

 イッシュに埋葬したのも、私の勝手だ。カントーでは、会いたいときに会いに行けないから。眠る場所くらい、彼のことを考えてやれば良かったのだろうか。彼の母親がいるカントーに葬ってやるべきだったのだろうか。私は彼のことを、ただの都合の良いものとしか思っていないのか。
 分からなくなってきた。こういうときに、相談をする相手は、もういないのだから。

 少年のミジュマルが、私のほうを見た。大きなまん丸の瞳が私を見ている。そして、何かを言った。
 私には、ポケモンの言葉は分からない。けれども何かを言おうとしていた。少年もそれに気づく。そして、驚いたような顔をして、それから、言った。
「……僕には、まだ分かりませんが」
 少年がミジュマルを地面に下ろすと、ミジュマルが走り寄ってきた。私の足に抱きつき、そして私を見上げて何かを言う。
「ミジュマルは、『彼は幸せだった』と……そう言っているように思います」

 素性も知らない彼らに、カラカラのことが分かるはずがない。けれども私は、なんだかそれが、ただの慰めには思えなかった。ミジュマルの頭を撫でると、細かな毛が気持ちよかった。カラカラの毛とは随分違う。あの子は固くてゴワゴワしていた。それでもなんども抱いて寝た。あの子の毛が、何より好きだった。

「ありがとう」

 少年はぺこりと頭を下げ、ミジュマルと共に去っていった。
 彼はこれから、様々な体験をするだろう。町から町、人から人、そしてポケモンからポケモンへ。出会いと別れを繰り返し、彼が良しとするまで終わらないだろう。澄んだ、綺麗な目をしていた。私の目もああだったのだろうか。

 帰ろう。空になったバスケットを持ち直して、私は歩き出した。足下をいつもついて回った気配がない。いつか来る別れは残酷だ。それを彼に味わわせなかっただけ良いとしよう。
 でもせめて、最後に、お別れを言いたかった。最後に喧嘩をするとしたら、どうして夜中に一人で逝ってしまったのと、めちゃくちゃに責めたかった。悲しませないようにしてくれたのかも知れないけれど、寂しすぎる。

 家に帰ると、メールが届いていた。珍しい。母からだった。
作品名:天国の塔 作家名:ネイビーブルー