fuer Kinder. 002
それからは自分の主義を曲げても俺はこの我侭な兄に付き合うことにしている。
云っておくが,兄は別に年がら年中こんな風なわけではない。
普段はもっと…もう少しはマシだ。
ただ,恋に破れた日だけはどうしてもいろいろな箍がはずれてしまうらしい。
兄の想い人がどうんな女性であるかは知らない。
ベッドのマットレスの下に隠しているいかがわしい本に拠れば,胸の辺りが豊満なタイプが好みらしいということは知れるが,残念ながら俺とは好みが違い過ぎてその良さはわからない。
恋というものを知らない俺は,兄を苦しめる痛みがどんなものなのかも理解することはできない。
ただ,兄が悲しそうにしているのを見ているのは辛い。
胸が引き裂かれて,心が押し潰されそうになる。
兄さん。
兄さん。
泣かないでくれ。
うっ,うっ,と嗚咽を漏らして,頬を濡らして。
おせじにもみっともいい姿ではないが,こんな姿を晒すのは俺の前だけという自負もある。
顔を傾け,流れ落ちる涙をそっと吸い取る。
くすぐったいのか涙混じりの声だったけれど,ほんの一瞬兄さんが笑った。
元気を出してくれ。
いつものように笑ってくれ。
今日は天気もいい。
涙が乾いたら外に出よう。
あいしてる。
決して音を結ぶことのない声で何度も何度もそう囁く。
嗚咽の感覚が間遠になって,それが完全に途絶えるまで。
「また,みっともねーとこ見せちまったな。これは俺とお前だけの秘密だぞ,ヴェスト」
そう云って,照れくさそうに笑ってくれるまで。
作品名:fuer Kinder. 002 作家名:葎@ついったー