結婚狂騒曲1
《第2楽章》
後続から追いすがってくる一台の車。丸みを帯びたボディーにかわいらしさが感じられる黄色のクラシックカーだ。
その助手席の窓が開いたかと思うと、スナイパーライフルの銃身が突き出され、次の瞬間、ビシッ!と後部座席のスモークガラスにヒビが入った。ちょうど、ザンザスの後頭部あたりだ。
「ボス!」
突然の狙撃にスクアーロが警告を発する。防弾ガラスだったからよかったものの、二度三度と狙撃されてはたまったものではない。
「う゛ぉぉぉい、しっかりつかまってろよぉ」
スクアーロは狙撃を受けても懲りることなく、いまだじゃれあう二人に気づくと、一瞬げんなりと顔をしかめたが、いちおう警告の声をかけると、アクセルを踏みこんだ。
さすがはヴァリアー使用。ぐんぐんと加速する。どんな改造をしているのかは、恐ろしくて聞きたくもないが。瞬く間にスピードメーターの針は最大速度を振り切った。
しかし加速したにもかかわらず、後続との距離はひらかない。
いや、むしろジリジリと狭まりつつある。
加えて、追跡する車からふたたび狙撃。またしてもザンザスの頭付近のガラスにビシッとヒビが入る。疾走する車。その揺れる車体に、吹き付ける風、しかもスモークガラスをものとともせず、ザンザスを精確に、執拗に狙うその見事な狙撃の腕前。
こんなことができるヤツは彼らが知る限り、一人しかいない。
「ひっ!リボーン」
「ちっ、来やがったか。スクアーロ!」
「わかってるぜぇ!」
ボスの命令に即座に反応して、強引にスクアーロがハンドルを切り、瞬く間に何台もの車を追い抜いていく。
突如、市街地を舞台に熾烈なカーチェイスがはじまった。二台の車は車、建物、あらゆる障害物の間をぬって、疾走する。
車のスペックは完全にこちらが上だ。まさかヴァリアー仕様並にチューンナップされた車が、そう何台もあるはずがない。だが、振り切っても、振り切ってもピタリと後ろにつく、その腕前にスクアーロが悪態をつく。
「う゛ぉぉい!誰だぁ?!」
スクアーロの腕は決して悪くない。いやむしろ賞賛されるべきドラテクだろう。しかし、それを上回るドラテクの持ち主。
ふと、そういえば今日、約束があったアルコバレーノが浮かぶ。
彼には、来月ボンゴレ主力チームの戦闘力強化合宿の『教官』を依頼していた。
「まさか・・・コ、コロネローーーー!」
三度、リボーンの狙撃が襲う。だが、彼はツナヨシたちの車を狙うのではなく、さらに前方を走るトラックに銃弾をあびせる。その荷台には、ドラム缶の山。
ビス!ビス!と銃弾はドラム缶をつなぎとめるベルトを打ち抜いた。
まさかの展開に青ざめるツナヨシとスクアーロ。
「う゛ぉぉぉい」
「うそでしょ・・・」
距離にして2、300mは離れている、しかも疾走するトラックの荷台、そのベルトだけを撃ち抜くなど、どんな腕してるんだ!
まさに化け物。これぞ、アルコバレーノ。
ちぎれたベルトがゆらゆらと風に揺れる。一瞬の空白の後、自由を思い出したかのように大量のドラム缶がツナヨシたちの車めがけて転がってきた。
「ふぎゃーーーー!よけて!よけて!よけて!」
「う゛ぉぉぉぉぉ」
スクアーロは瞬時にシフトレバーを操作し、ハンドルを切る。多大なる負荷にステアリングがきしむ。遠心力に振り回され、ツナヨシは後部座席をコロコロと転がり、結果、ザンザスに抱き留められるかたちとなった。
からくもドラム缶の激流をかわしたものの、気づけばすぐ後ろにリボーンたちの車が迫っていた。後続車は、ツナヨシの乗る車を追い抜きざまに銃弾を撃ち込む。
ビシッ、ビシッ、とドアに2発。
そして速度をあわせ、並走する車の運転席には予想に違わず、コロネロがいた。
彼は、にやりと野性的な笑みをうかべると、ハンドルを片手に、もう一方の腕を伸ばし、ドアを無造作に引きちぎった。いくら銃弾で支点を破壊していたとはいえ、走行する車のドアをひっぺがすなんて、なんというバカ力。
吹き飛んでいくドアにかわって、暴力的といってもいい風が車内に流れ込む。そして、にこやかな笑顔をうかべて、家庭教師がのぞき込んだ車内には。
――――ザンザスの膝にまたがり、首に手を回し、涙を浮かべたツナヨシがいた。
運悪く、先ほどザンザスの不埒な所行により、ツナの着衣は乱れに乱れきっている。さらにコロコロと振り回されたせいで、髪もみだれ、息も荒い。これは、控えめにみても、つまるところ『ザンザスとコトをいたしていた』図にしかみえなかった。
ピシリと家庭教師の笑顔がひきつる。
瞬時にリボーンは問答無用で引き金を引く。超直感の警告にツナヨシはとっさに首をひねる。ぐきっ、と首がイヤな音をならしたが、なんとか回避。
「ぎゃーーーー!ちょ、リボーン!」
「ザンザスに泣きつくとは、情けねえ。
ねっちょりと補習してやるぞ」
「ひぃ!」
おびえたツナは無意識に手近な物にしがみつく。この場合すなわち、ザンザスだ。
「残念だったな、アルコバレーノ。ツナヨシはてめぇより、オレの方がイイみたいだぜ」
二人の暴君は無言で睨み合う。その視線の間にいるツナヨシは生命の危機を直感していた。
「ザンザス・・・・ツナを返してもらうぞ」
「はっ、できるもんならやってみやがれ」
リボーンはむんずとツナの腕をつかむと、力任せにひきぬこうとする。させじと、ザンザスは足をつかむ。
「い、やっ!ちょっと待って!落ちる!落ちる!落ちる!」
ツナの体は車から半ばひきずり出され、二台の車の間で綱引き状態になっていた。
風がふきつけ、シャツがバタバタとはためく。すぐ下にはアスファルトの荒い路面。スピートメーターを振り切る速度で疾走する車での出来事である。
頼りのXグローブもなければ指輪もない。
もしも、コロネロかスクアーロがハンドル操作をミスったら?
リボーンかザンザス、どちらかの手がすっぽぬけたら?
――――即死。
脳裏で激しく点滅を繰り返す言葉にくらりと眩暈がする。
そんなツナヨシにかまうことなく、二人は無情な綱引きをはじめる。
ギリギリと音をたてる体。食い込む指。激痛にツナヨシが叫ぶ。
「痛い!いたいーーー!いたーーーーい!」
が、「ツナが痛がってるだろうが、離せ!筋肉バカ」「うるせぇ。てめぇが離せ!陰険ヤロー」とツナヨシの苦情など露ほどもかまわず地獄の綱引きは継続中だ。
この二人に『大岡裁き』などを期待した自分がバカだった。
(誰か、誰でもいい。助けて・・・)
―――サラサラと崩れ落ちそうなツナヨシをはさんで、二台の車は疾走する。
次回更新予定日:2010.09.23