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マチルダの鉢

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【マチルダの鉢】

 ETUには、「プロ入りから最低2年は寮生活をすること」という代々のきまりがある。プロ選手としての生活態度を学び、規則正しい生活を送り、本来は家事やらなんやらで費やされる時間を少しでも練習に回しなさいよ、ということらしい。それに加えて、「若いうちにはあんまりお給料出せないから、せめて食事と寝床くらいは世話してやるよ」という意味も、あるいはあるのかもしれない。
 で、最低は2年、じゃあ最高は何年か? となるとこれについては特にきまりも無く、各々好きなようにしなさいね、ということになっていて、実際、選手たちも好きなようにしている。2年で出て行く選手もあれば、5年居続ける選手もいる。10年以上というのもいるがこれは特殊な例だ。ただ、2年のうちにトップチームに上がりそこそこのお給料が貰えるようになれば、ほとんどの選手は寮を出て行くというのが、まあ、実情だ。
 『何もしなくてもメシが出てくる、家賃も安いし、クラブハウスにも近い。わざわざ出てくなんて馬鹿みたいだ』――とは、例の10年選手の言だが、誰もこれに同意していないのにはもちろん理由がある。
 まず何より、設備が古い。トイレが和式だし、寮監室の電話はなんとダイヤル式だ。洗濯機は、二層とまではいかないけれどやたらと音が煩くて常に死期の近さを予感させている。
 そして、寮内にはテレビが3台しか無い。
 この3台というのは、談話室、食堂、寮監室にあるものを指す。寮監室のものは寮監の私物だから、実質は2台だ。各選手の部屋には、テレビを置くことは特に禁止されてはいないけれどそもそもアンテナが無い。テレビを置いても、DVDを見るかゲームをするかくらいしかできないというわけだ。
 『若者のテレビ離れ』なんてことも囁かれる昨今、確かに「俺、サッカー関係以外じゃあんまりテレビ見ないなあ」なんて選手も結構いるけれど、あって見ないのと、ないから見られないのとでは、大違いなのである。
 それに、なんだかんだでテレビというのはなかなか優秀な暇つぶしだ。オセロに飽きて、トランプに飽きて、テレビゲームに飽きて、結局選手たちは談話室に集まり、クッションの死にかけたソファに腰掛けぼんやりとテレビを眺めている。1年目でも。3年目でも。10年目でも。

 今日の番組は、『いきいき生活〜老後、あなたは何をしますか?〜』なんていう、若者たちの集う場で見るにしてはあまりにも後ろ向きなものだった。談話室のテレビには勿論チャンネルもあるけれど、誰かが既に見ているものをわざわざ変えようという人間は、なかなかいない。特に平日午後の2時、3時なんかは。
 テレビ画面では、美人でもないが不美人でもない、ある意味で絶妙な容貌のアナウンサーがニコニコと「いきいきとリタイヤ後の人生を過ごすには、趣味を持つこと! これが大事なんですねえ」なんて言っている。「お前はそろそろ結婚してリタイヤしろ」なんて拗ねたことを呟いたのは、戦力外通告の瀬戸際を彷徨うサテライトの選手だったか。
 そんなふうに、平日昼下がり、ぼんやりと液晶画面に見入っていた選手たちだけれど、「趣味、ねえ」とこの中で一番、年齢的には『リタイヤ』に近い男が呟いたことで、その場はにわかに緊張した。石神達雄。齢30を迎え、ベテランと呼ばれる立場になってもなお、しぶとく寮に居座っている男。
 その石神に、
「ガミさんはなんか趣味とかあるんスか!?」
 と、実に無邪気な口調で世良恭平(22歳)が尋ねたことで、更に談話室の空気は冷えていく。席を立つ者も出てきたほどだが、当の2人は気付いていないらしい。
「俺? 俺は、ギャンブルかな」
「パチっすか?」
「んー、まあ打つっちゃ打つけど、一番良いのはやっぱ競輪だね」
 シブいッスねえ、と競輪とは自転車が競争するもの、くらいしか知らないだろうに実に素直な口調で世良がニコニコ言う。
 そして更に、さあここで終わってくれ、と念じる声を無視して現れたのが、ETUで2番目に空気を読まない男、赤崎遼である。
「まあガミさんはヘラヘラしてるから大丈夫そうッスけど、他の人はどうなんスかね。堀田さんとか、ヤバいんじゃないスか。なんか今やってた、『リタイヤ後に希望を見出せず自殺してしまう』系の人丸出しなんスけど」
 ここまで来ると、逆に席を立つことができない。さすがの世良も、「おいおい」なんて言っているが、赤崎は何一つ悪いと思っていないらしい。
「んー? 堀田君はねえ、大丈夫じゃない? 意外と多趣味だよ。囲碁とか、ジグソーパズルとか、鉄道とか、キノコ栽培とか、そういう地味なの」
 なんでもないように答える石神も石神だ。
 しかしここで変な具合に興味を持つのが世良で、更に話題を広げようとするものだからたまったものではない。「コシさんとかどうなんスかねー」なんて、ほとんどの選手にとっては気になるけれど知りたくないところなのだ。
「コシさんは、あー、確かにまあ……でもあれじゃない、嫁さんとか子供とかいれば大丈夫なんじゃない」
「世話を焼きたいタイプなんですね」
「まあね。……俺はそれより、堺さんのがずっと心配だけどね」
 えっ、と、ぼそり石神が漏らした名前に世良が過剰に反応した。赤崎が「ああ、確かに」なんて言うものだから、ついには、えっ、えっ、とキョロキョロしはじめる。
「堺さん……心配なんスか?」
「だって無趣味でしょ、あの人」
「どうなんスかね、あっ、料理とか……好きとか言ってたような気が、するんスけど……」
「まあ確かに好きみたいだけど、堺さんにとって料理ってさ、家事っていうか。もしくは体調管理の一環みたいなもんでしょ。サッカーのためにやってるわけで」
「それに、結婚する気配も子供ができそうな様子も一切無いですしね」
「まあ、あれで嫁でも貰えたら少しは変わるかもしんないけど、もうなんかあの人そのへん諦めてそうじゃん。私生活の気配が無いんだな」
 要するにサッカー馬鹿ってことだけどさ、その分ちょっと危ないよね、と言う石神の言葉を聞く世良は、なぜか蒼白に固まっている。
「ほんと、サッカーしか見えてないんだ、あの人は。それってとんでもなくかっこいいけどさ」
 時々、ちょっと心配だよね。
 石神の、いつものヘラヘラした口調が一瞬、なりを潜める。しかしそれすら、今の世良の耳には届いてはいないのだった。

***

 そして、次のオフ日である。
 最近では――有体に言えば“おつきあい”というものをはじめてから、オフの日は10のうち7くらいの割合で堺の家を訪れる、というのが世良の新しい習慣になっていた。堺の家を訪れて、料理を手伝ったり、映画を見たり、本を読んだりする。それまでは、オフといえば練習筋トレロードワーク、たまに赤崎や椿と外出して、それ以外で寮に残っていたとしてもオセロかゲームかトランプだったから、なかなか劇的な変化だ。
「ちゃーッス!」
 そう言って元気良く挨拶すれば、堺さんは不機嫌そうな顔をしながらも玄関まで迎えに来て「入れよ」と言ってくれる、そういうとこ大好きだ……が。今日は、
「何それ」
「えっ」
「いや、『えっ』じゃなくて」
 入るお許しが出なかった。
作品名:マチルダの鉢 作家名:ちよ子