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マチルダの鉢

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 堺は、『不機嫌そうな顔』から『不機嫌な顔』にぱっと表情を切り替えて、世良――というか、世良の抱えた大荷物をじっと眺めている。
「また、どうしたんだそんなもん」
「あっ……これッスか!?」
「これっッスかって、どう見たってそれしかねえだろ」
 そう言って堺が指差したのは、世良が抱える、というか「抱っこしている」というような状態の、大きな鉢植えだった。おおよそで見積もっても、軽く1メートルはあるだろう。作り物めいた模様の、子供の足くらいはゆうにある葉がピョンピョンと四方八方に散っている。その葉の瑞々しさから見て、どうやら本物らしい。
「えーと……カラテア・ゼブリナっす!」
「ちょっと待て。お前今、カンニングしただろ」
「でへ」
 5文字以上のカタカナはサッカー用語を除き覚えられない、という世良の言葉はさすがに冗談だろうと思っていた堺だったが、ここでようやくそれが本当だったのだと気付いた。
「……で、そのカラテアなんとかってのはいったい何なんだよ」
「えーと、観葉植物ッス!」
「見りゃわかる」
「その、これ、えっと」
 埒の明かない問答にイラつく堺に気付いていないのか、世良は植物を抱えたまま暫しモジモジと身をよじり、ちら、と上目遣いをした。まったく、背が低いからか知らないが、どうも世良はこの上目遣いというのが癖のようで、堺としてはゴツンと一発殴って矯正してやりたいとすら思うのだけれど、実際そういうふうに見上げられると、うっ、と詰まってしまう。
 結局今も「うっ」と詰まって、もぞもぞする手を精神力で押さえつけ、世良の次の言葉を待った。
「……あの、これっ」
 うん、と頷いてやる。
「プレゼントっす!」
「は?」
 思わず呆気にとられた堺の顔を、世良が勢い良く差し出した『カラテア・ゼブリナ』の大きな葉っぱが思いきり叩いた。

 散々堺から説教を食らってべそをかき、コーヒーを入れてもらったマグカップをもぞもぞと啜りながら、世良は「ばあちゃんに聞いた」とか言う人生論(!)について語り始めた。
『甲斐性があるなら子供を作れ。それが無理なら犬を飼え。それも無理なら、鉢植えを育てなさい』
 ――。
 ……なんじゃそりゃ! とは、顔も知らない世良のばあちゃんとやらに遠慮して口には出さなかったが、どうも知らず知らずのうちに表情には出ていたらしい。いかにも「何言ってんだ」と言いたげな堺の視線を受け、世良は慌てて顔の前で「違うんス!」と両手を振った。
「俺、別に子供が欲しいとか……違うんスよ!」
「誰もそんなこと言ってねえよ」
 食卓の向こうで未だ「違うんス違うんス」と言いながら、更にはなぜか顔まで赤くしている世良にイラッとして、堺は世良用のスティックシュガーをえいと投げつけた。
「違うんなら、なんなんだよ」
「その……堺さんって無趣味じゃないッスか」
「んだとコラ」
「いてっ! いてっ! ちょ、砂糖を投げないで!」
 お徳用の袋から、スティックシュガーがあっという間に消えていく。食べ物で遊ぶな! といつも言うのは堺のほうだけれど、袋に入った状態ならセーフということなのか。
「俺だって趣味くらいあるわ」
「どうせ料理でしょ!」
「どうせってなんだ!」
「料理は趣味とは言わないス! いや言うこともありますけど、堺さんの料理は、趣味と言うよりただの家事って、ガミさんが……あっ」
「ほお」
 とりあえず、と食卓の上に置かれたカラテアの葉を、大きな大きな溜息を吐きながら堺がピンと指先で弾いた。
「あの……」
「俺、言ったよな」
「えと、」
「あのへん(※丹波、石神)の話は信用するなって……なんだお前、3歩進んだら忘れるのか? ん?」
「ち、違うんス」
「だから、何が違うんだよ」
 気分が悪い、とまでは言わないけれど。堺としては気持ちの良いものではない。とかく世良は素直で、言われたこと言われたこと、ほいほい信じてしまう。それは様々なことにおいてそうなのだけれど、堺のことについてはさらなり、なのだ。
 世良のそういう素直さが堺は嫌い、というわけではないしむしろ可愛らしいとすら思うことも無きにしも非ずなのだけれど、それが、自分と同期のあのたちの悪い連中(※丹波、石神)に吹き込まれたものだ、というのがむかむかと落ち着かない。要するに嫉妬だ。
「……だって、堺さんは」
 そんなことを、堺は縞模様の葉っぱを弄りながら内心でぼやいていたのだ。これだからガキは困る、とか、これだから30過ぎてからの恋愛は困る、とか。だから、顔を上げた世良の顔が少し尋常じゃないくらいに切羽詰っているのにも、気が付かなかった。
 だって、堺さんは。

「堺さんは、結婚もできないし、子供も……俺のせいでしょ!? 責任取りたいんス。俺、堺さんの人生が、心配なんスよ……!」

 え、と、間抜けな声が堺の口から漏れた。

***

 予想していなかったわけじゃない。いやむしろ、いつかはこの話が出るだろうと思っていた。話には出ずとも、心の中に浮かんでは消え、浮かんでは消えするものなのだろうと、ぼんやりと。関係を続けていれば。だってそういうものだから。
 けれど、予想がなんだと言うのだ。知っていたから、予期していたから、何ができるわけでもないのだと堺は痛烈に思い知っている。堺は今、何か気の効いたことを言い返すのは勿論、皮肉ではぐらかすことも、いや、声を出すことすらできないのである。身じろぎさえせずに、ただカラテアの葉だけが指先をつるりと滑って逃げていく。
 混乱した頭で、いったいどういう過程を経て世良が趣味の有無からそんな結論に至ったのか、堺にはさっぱり見当が付かなかったけれど、ただこれは、何か――掴み損ねてはいけないところなのだと、それだけは本能でわかっていた。何の映画だったかは忘れたけれど、いやこんな陳腐なこと数多の映画で言われているのかもしれないけれど、人生には、必ず差し掛からなければならない分岐点というものがいくつかあるのだという。つまり、今がそれだ。
 そしてその分岐点は、実は気付きながら伸ばし伸ばしにしていたものなのではないかと――堺は思うのだ。
 世良は馬鹿だけれど、鈍いわけではない。むしろ、言葉にはできないだけでその身体の中には宇宙のように感情やいろいろなものが渦巻いている。それは、誰だって同じだと思うけれど。
 だから堺はきっと、いつかはこういう、逃れざる分岐点に差し掛かるのだと、予期していたのだ。けれど何も選ばず、考えずにいたということだ。
 「お前に言われたくねえよ」とか、「そんなことねえよ」とか(これは特に最低だ)、「そりゃお互い様だろ」とか、「最初から、わかってたことだろ」とか――。そんな答えに、果たして意味はあるのか。

 2人の間では、カラテア・ゼブリナが開け放した窓から入った風で密やかに葉を揺らしている。
 そういえば、この植物には見覚えがあるな、と今更堺は思い出した。あれに似ているのだ。『レオン』で、マチルダがずっと、抱えていた……。
 堺さん、と、考えていたよりずっと静かな世良の声に、はっとして堺は風に揺れる緑色から視線をはずした。世良はもう、べそをかいてはいなかった。情けない顔もしてはいなかった。
作品名:マチルダの鉢 作家名:ちよ子