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マチルダの鉢

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「俺もだけど、堺さんだって、こんなにすげえ堺さんだって、……いつまでもサッカーしてるわけにもいかない」
「おい」
「わかってるんス。堺さん、いつまでもサッカーしていたい人だって、わかるんス。俺もそうだから。でも、だからわかるんス……それって、すごく」
 ――すごく。
 世良はそこに続く言葉が見つからないようで、きゅ、と眉間に小さな皺を寄せた。

「なあ世良」
「……はい」
「俺にだって、趣味くらいはあるんだ。お前が知らないだけで」
「……はい」
「スプラッタ……好きなんだよ。お前ら、どうせ引くと思ったから言ってないけどよ……。あと、城とか、ジグソーパズルとかも好きだ」
「……はい」
 ほとんど冷めたマグカップを包みながら堺がぼそぼそと言った言葉は、今更、何の答えにもならなかったけれど世良はうつむきながらもそれを聞いている。
 いじらしいな、と堺は思った。一方で、もどかしくも思う。
「……でも、そうだな。俺はサッカーこそが今の生活だし、趣味も一応あって、料理が好きで家事は一通りこなせる。でも、そうなんだよな。まったく、お前の言うとおりだ」
 本当に、そのとおりだ。
 自分から言い出しておいて泣きそうな顔してんじゃねえよ、と堺は思った。けれどそれは怒りではなくて、もっと、胸が詰まるような気持ちだ。どちらかと言えば、自分自身に対しての怒りに近い。年上だとか、9歳も上だとか、実際にはそう大したことではなかった、ということだ。9年長く生きていて、堺は今、世良に答えをやることができない。そもそも、答えを出すのすら、おこがましい気がしてならない。
 だから堺は、無言で席を立った。そして流しに立って、小さなグラスに、水を注いだ。
「まったくその通りだから、俺の人生、また考えなきゃならねえことが増えちまった。面倒くせえな。俺、本当は考えるのってそんなに得意じゃねえんだよ。だからひとつのことばっかり見てんだ、俺は」
「……すんません」
「いいよ」
 再び席について、堺は頬杖をつきながらグラスの水をゆっくりと鉢に注いだ。土がえぐれてしまわないように、そろそろと、ゆっくりと。
「いいけど、そのかわりお前も一緒に考えろよ」
 そして、まだ半分水の残ったグラスを世良のほうに押し遣ったのだ。
「堺さん」
 世良の丸い目が、夏を過ぎて少し控えめになった表の光に、チラチラと輝いていた。それを見て堺は目を細める。ぼんやりとその奥に、誰かの背中が見える気がする。

 そして2人は、なんだか穏やかな覚悟を少しだけ決めて、それでも僅かには呆然として、冷めたコーヒーを啜った。
作品名:マチルダの鉢 作家名:ちよ子