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ひだまり2

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「ひだまり」2



「さあ、どうぞ」
「はい。お邪魔します」

玄関を上がったところで、マスターが笑って、

「ここは君の家でもあるんだから、そんなにかしこまらなくていいですよ」
「え?あ、は、はい!」

思わず、声が上ずってしまう。


今日から、ここが、俺の家。
俺は、ここにいて、いいんだ。


「おいで。カイト君の部屋に案内しましょう」

マスターは、そうと言って、どんどん進んでいった。

「あの、俺はどこでも」
「えーと、ここだったかな?」

そう言って、マスターがふすま開ける。
そこは、どう見ても押入れだった。



・・・・・・・・・・・・・・・。


・・・・・・俺は、青いたぬきですか。


いや!でも!!せっかくマスターが言ってくれたんだし!
俺は、押入れでも十分


「あ、ごめんなさい。間違えました」

マスターは、何でもないことのように言って、ふすまを閉める。

「えーと、ああ、そうそう。カイト君が来てから、決めてもらおうと思ったんでした」
「はあ」


間違えたんですか。本気で間違えたんですか?

どう考えても、押入れと部屋は間違え・・・いやいや。
きっと、マスターにはマスターの考えがあるんだ。そうに違いない。


「どうぞ、カイト君。自由に見てまわってください。二階もありますからね」


ひょっとしたら、さっきのは笑うところだったのだろうか。
そうだ。そうに違いない。どう考えも、部屋と押し入れは間違えないだろう。
マスターは、俺の緊張をほぐそうとして、わざとあんなことをしたんだ!


「喉渇いたでしょう?今、お茶入れますね」


それなのに、びっくりして反応できなかったなんて!
マスターは、冗談も分からないなんてと、がっかりしたかも!


「マスター!俺、ちゃんと冗談も分かりますから!!」
「そうですか。それは良かったです」

マスターは、にっこり笑って、

「君との暮らしは、きっと楽しいでしょうね」
「はい!俺、頑張ります!」




マスターが、お茶を淹れるというので、一緒に台所について行った。

「マスター、俺、教えてもらえれば、料理でも何でも、ちゃんと覚えますから。沢山教えてください」
「それは頼もしいですね。きっと、カイト君に頼むことが、多くなると思いますよ」
「はい、任せて下さい!」

俺が、胸を張って答えたその時、

「オト先生、いるー?」

女性の声がしたかと思ったら、とたとたと足音が聞こえる。
そして、見知らぬ中年女性が、ひょいっと顔を出し、

「ああ、いたいた。夕飯の支度、まだでしょ?山菜おこわ作ったから、お二人でどうぞ」

そう言って、大きな器に入った、おこわを差し出してきた。

「これは美味しそうですね。ありがとうございます」

マスターは、にこにこ笑って、おこわを受け取る。

「いつもすみませんね。今、お茶を入れますからね」
「あーーーー!!先生、いいから!!私やりますから!!先生は座ってて!!」

何故か、女性は慌てふためいて、マスターを押しとどめた。

「そうですか?なんだか悪いですね」
「いいから!!先生がやるほうが、心臓に悪いから!!」


・・・えーと・・・。


女性がてきぱきと動く様を、ぼんやりと見ていたら、

「カイト君、急須、出してくれる?」
「え?あ、はい」
「食器棚に入ってるから。先生、それは米びつだから」
「ああ、そうでした」

マスターは笑いながら、米びつから手を離す。


・・・え?あれ、マスター、今・・・


本気で間違えたんですか?米びつと食器棚を?


「カイト君、急須くれる?」
「あ、はい」

何だか色々疑問に思いつつ、俺は、急須を渡した。




お茶を飲みながら、沢山話して(殆ど、一方的に女性が喋って)分かったのは、マスターが、とんでもなく天然だということ。


マスター・・・よく一人暮らし出来てたな・・・。


眼鏡をかけたまま眼鏡を捜すとか、何度教えても、村の会館までの道を間違えるとか、隣の畑を耕してたとか、次の日は、向かいの畑を耕してたとか、そんなのは笑い話で済むけれど。

お湯を沸かしてやかんが焦げたとか、味噌汁を沸かして鍋が焦げたとか、お風呂で寝てたとか、怖いから止めて欲しい。ちっとも笑えない。


俺が、ちゃんとマスターのお世話をしないと!


「もうね、カイト君が来てくれて、本っっっ当に良かったと思うわ。オト先生を一人にしておくなんて、怖くて怖くて。でも、こっちも、どうしても手が離せない時もあるからねえ」


女性の言葉には、やたらと実感がこもっていた。
きっと、みんなでマスターのこと、気にかけてくれてたんだ。


これからは、俺がしっかりしなきゃ。




「カイト君、夕飯の前に、お風呂に入りませんか?」
「あ、はい。入ります」

「お風呂場はこっちですよ」というマスターについて、三回ほど納戸やら押入れやらを開けた後、やっと、脱衣所に辿り着く。


えーと。


着替えを持ったマスターが、にこにこ笑いながら、

「カイト君さえ良かったら、一緒に入りませんか?」
「え?あ、はい!あの、喜んで!」
「そうですか。良かった」

マスターが、さっさと服を脱いだので、俺も、慌ててコートとマフラーを外した。



「あの、お邪魔します」
「はい、どうぞ」

先に入ったマスターが、洗面器で、体にお湯をかけている。
思ったよりも、ずっと広い風呂場は、二人で入っても、十分余裕があった。

「大きいお風呂ですねえ」

俺が感動して言うと、マスターは笑って、

「ええ。このお風呂場を気に入って、ここに住んだようなものですから」
「そうなんですか」
「子ども達とね、一緒に入りたかったんです」

そう言って、マスターは、ちょっと寂しそうにほほ笑んだ。

「子ども達が小さい頃は、家のことは全て妻に任せっきりでしたからね。一緒にお風呂に入ったことすら、ないんですよ」
「・・・マスター」
「皮肉なもんで、この年になって、私に時間ができても、今度は子ども達が忙しくてねえ。なかなか、そんな機会にも恵まれません」

マスターは、タオルに石鹸を付けて、泡立てると、

「カイト君、背中洗ってあげましょう」
「え?そんな、悪いです」
「いいんですよ。子ども達にしてあげられなかった分、カイト君にさせてください」


・・・・・・・・・。


「じゃあ、あの、次は俺が洗います」
「ありがとう。さ、横を向いて」

少し強いくらいの力加減で、マスターが背中をこすってくれる。

「痛いですか?」
「いえ、大丈夫です」

ごしごしごしごし。

「マスター、次は俺が」
「そうですか?じゃあ、お願いします」

タオルを受け取って、マスターの背中に当てた。


わー・・・すごい筋肉だ。


無駄のない、しなやかな筋肉。
引き締まった、実用的な体。


「マスターの体、すごいですね。昔から鍛えてたんですか?」
「すごくないですよ。畑仕事をしているとね、自然とこうなるんです」

そう言って、マスターは笑う。


はあ・・・でも、やっぱり凄いなあ。


「俺も、これだけ鍛えたら、歌が上手くなるでしょうか?」


マスターみたいに。
作品名:ひだまり2 作家名:シャオ