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さいとうはな
さいとうはな
novelistID. 1225
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「……今夜あたり、一雨くるかねえ」
 窓枠に手をかけ、不穏な雲模様を眺め一人ごちると、夢吉が応えるようにきぃと一鳴きした。そういえば、そろそろ四国は嵐の多い時期なのだと、顔なじみの漁師が言っていた気がする。なかなか船を出せなくなるから、商売あがったりだと笑い混じりに愚痴られた。
「だからさ、兄さん。他へ行くなら今のうちだぜ。ひとつ嵐が来たら、その次が、また次がどんどんやってくる。毎年毎年、足止めを喰らって困るやつが跡を絶たないのさ。あんた、随分と長いこと逗留しているだろう? そろそろ次の場所へ行きたい頃合じゃないのかい?」
 知った顔をしながら忠告をくれた漁師に、慶次は温い笑みで考えておくよと応えた。それが二刻ばかり前のこと。
 確かに漁師の言うとおり、四国へ訪れてから、既に半月ほどが経っている。ひとつところにこうも長く留まるのは、随分久しぶりの事だった。
 何かをして過ごしているわけではない。陽気でいやに活気あふれる領民たちとたまに喧嘩をして、酒を呑み、誘われれば釣りなどに興じ、気が向けば路銀を稼いで、そうやって無為に日々を過ごしている。何も特別なことはしていない。どこの国へ訪れてもやっている事だ。
 ひとつ、いつもと違う事があるとすれば。
「……どうしたもんかねえ」
 いつもより寂しい胸元を見下ろし、嘆息する。大事なものを人に預けているのだ。必ず返すという約束、それが果たされる日を慶次は待っていた。


 そもそも、この地を訪れたのは、国主である元親に会うためだ。鬼の名を持つ友人と、久しぶりに酒でも呑もうかと訪れたその時、四国は戦仕度の真っ最中だった。
 何かと忙しい時期だろうに、快く歓迎してくれた元親に事情を聞けば、瀬戸海を挟み、浅からぬ因縁のある毛利との、幾度目とも知れぬ小競り合いに赴くのだという。
 慶次は戦は嫌いだが、友人が命をかけて戦うというのなら、手を貸すくらいの事はしたいとは思う。それがこの乱世で、戦や家とは上辺だけでも縁薄く生きる慶次の、繋がりの形でもある。それを人が気まぐれと呼ぶのは、勿論承知の上でだ。
 だが、手助けしたいとの申し出はあっさりと断られた。
「気持ちは有難てぇが、これは俺と毛利との戦だからな。無関係なアンタまで巻き込んだりなんかしたら鬼の名が泣くってなモンよ」
 そういって元親はかかと笑った。そう言われてしまっては慶次には食い下がる事などできない。
「元親がそうしたいって言うんならいいさ。でもさ……間違っても」
「おっと、そこまでだぜ、慶次。大丈夫だっつうの、お前が心配するような事は何ひとつないさ。俺を誰だと思っていやがる?」
 見ようによってはあくどくも見える友人の笑顔に、慶次は諸手を挙げて降参した。こうまで自信たっぷりに言い切るのは、確かな実力があっての事と、慶次も充分に分かっている。
「分かったよ、あんたの下の奴ら同様、俺もあんたを信じるさ」
「おうよ。……あ、いや待て慶次。そうだな、ちょいとそいつを貸しちゃあくんねえか」
 一瞬思案した元親が指したのは、慶次の胸に下げられた紫色の御守り袋。それは、慶次の大事な思い出が込められたもので、元親も纏わる話はともかくとして、それを知っているはずなのだが。
「え。これを、かい?」
「ああ。もちろん、アンタの大事なモンだってのは知ってるぜ。だからこそ、貸しちゃあくんねえか? 負けるつもりなんざはなっからねえが、そいつを必ず返さなきゃなんねえとなると、もっと気合が入りそうだしな」
 流石に躊躇っていると、元親はなおも言い募った。必ず返す、鬼に二言はねえと繰り返し念を押す。勢いに押され、結局は根負けする形で慶次は首から下げた御守り袋を取った。
「……もう、負けたよ。あんたを信じるって言ったのは俺だしね」
 おう、と打って変わって無邪気な笑みを浮かべ、手を伸ばしてきた元親の首に、手ずから御守り袋をかけてやる。
「鬼に二言はないんだろ?確かに預けたからな」
 受け取るつもりでいたらしい元親は、一瞬きょとんとした表情を浮かべたあと、おうとだけ応えた。その時、思いがけず優しい目をしていたような気がする。


 結局その後、顔を合わせる事は叶わず、元親は出立してしまった。暫くは残された元親の配下の言葉に甘え、長曾我部軍の居城に滞在していた慶次であったが、生来の気質でひとつところにいつくのは馴染めず辞した。
 そのまま、他の地へ行っても良かった。元親が確約したのだ、一度この地を離れ、戻ってきたころに返して貰えば良いと、そんな風にも考えていたはずだ。何より、慶次は待つ事がそもそも苦手である。待っていて、待ち続けて、待ち人が来なかったらと考えただけで逃げ出したくなるのだ。
 それなのに、留まり続けているのは一体どうした事だろうか。やはり約束の事が気にかかるのか、珍しいことに、次に行きたいところも思いつかない。
「なあ、出るなら今のうちらしいんだ。嵐の時期になったら暫く足止めくらうかもしれないんだって。どうしようか、夢吉。どっか行きたいところはあるかい?」
「き?」
 旅の相棒に声をかけてはみたが、首を傾げるばかりで答えは返らない。慶次は苦い笑いを噛んで、夕暮れの町へ出るべく重い腰をあげた。


 雨音に耳を澄ませ、くあ、と慶次はひとつあくびをする。結局迷っているうちに嵐が来てしまったようだった。昼餉を取りに降りたら、まだ事触れのようなものだが、当面船は出そうにないと旅籠の女将が教えてくれた。
「足止め確定だ、困ったもんだね」
 きき、と夢吉が応えるように鳴いた。文机の上からちょろちょろと駆け下り、腕を枕に畳に寝転ぶ慶次に戯れかかかる。その喉元を猫を相手にするように指先で撫でてやりつつ、慶次は思案する。
「こうなったら腹を決めてさ、元親が帰って来るまで待つしかないかな?」
 どうやら毛利の軍と元親の軍との小競り合いは、今回も決着がつかず引き分けたようだ、という噂は聞いていた。安芸の方からきた商人が出所らしい。その噂が本当ならば、少し待てば恐らくは戻ってくるだろう。
 路銀なら充分とは言えないがまだ手持ちがある。暫くは飯にも寝床にも困らない。いざとなれば、長曾我部の居城を訪ねるのもいいかもしれない。主が不在でもきっと、快く迎え入れてくれるだろうから。できれば、最後の手段にしておきたいところだが。
「待つのは苦手なんだけどねえ。待っちゃったね、結局」
「きいぃ」
 瞬きをして見上げる夢吉をひと撫でして慶次は二度寝を決め込むことにした。


 同じ旅籠に逗留している、薩摩の方から来たという気のいい老商人と呑んでいるうちに、すっかり夜が更けてしまった。滅多矢鱈に酒の強い老に付き合ったせいで、少し酒が過ぎたものか、しっかり昼寝もしたというのに眠くてたまらない。
 これはもう寝てしまうに限ると床を延べ、慶次は倒れるように眠り込んだ、はずだったのだが。
 誰かの足音で目が覚めた。時間は分からないが、すぐには目が慣れぬような暗闇があるということは、少なくとも未だ夜の、それも相当に遅い時間ではあるのだろう。
 迷惑だなあ、とはっきりしない頭で考えつつ、うとうとと再びまどろみの内に沈みかけた慶次の耳に、襖を開く音が響いた。そして、もう一度足音。
作品名: 作家名:さいとうはな