嵐
(……なんだ、物盗りか?)
身を硬くした慶次が、半覚醒の意識でどう出るか考えていると、何の前置きもなく上掛けが捲られた。
「な…っ!?」
思わず声をあげかけた所を、大きな手が口を覆う。
「しーっ。大声出すなって。丑三つ時だぜ、みんな寝てる」
聞き覚えのある声だが、まず深夜に人の寝床を襲うような輩にそんなことは言われたくなかった。力強い手を強引に引き剥がし、慶次は今度こそ大声をあげようとして、はたと固まった。聞き覚えのある声。もしかすると。
「……元親?」
「おう」
伺うように小声で問いかけると、あっさりと返事が返る。どういうことだ、と慶次があっけにとられていると、ぐるりと身体が返された。横向きに寝ころがされた体の隣に、別の人間の体温が滑りこんでくる。
「な……にやってんの?」
「眠いんだよ。とりあえず寝かせろ、話は起きてからだ」
じゃあ居城の自室で寝ればいいじゃないか、と言ってやりたいのだが、驚きすぎたせいかどうにも言葉にならない。
「いつ帰ってきたんだよ」
「半刻ばかり前だな。海が荒れそうだってんで急いだモンだから、マジで寝てねえんだよ」
囁きながら、元親が身体を寄せてくる。いや、寄せてくると言うより、これは抱かれている、というのが恐らくは正しい。腹に腕が回され、慶次の背と元親の胸とがひたりと張り付いている。伝わる鼓動にどうやら幽霊ではないらいいと気を抜いて、慶次はがっくりとうなだれた。
「なんだよ元親……あんた衆道の気でもあったのかい」
「ちげえよ。大体お前さん、稚児にしちゃ薹が立ちすぎてんだろ」
「……それもそうか」
はは、と慶次は乾いた笑いを漏らす。それでも背に張り付いている元親の体温は離れる気配がない。
「戦の後で昂ぶってんの。いや、それも違うか。戦自体は結構前に終わってんだろ、……ん」
かしり、と元親が項に歯を立てて、慶次は微かに声を漏らした。むずがるように首を振り、逃れたいという素振りを見せるが元親はお構いなしのようだ。
「やめなって……」
「帰って休む間もなく約束を果たしに来たんだぜ。城にいるかと思ってたのに、あんたがふらふらしてっから無駄に時間かかっちまった。別に抱かせろとまでは言わねえから、少しは労らってくれよ。体温が恋しい気持ちも分かんだろ」
「分かんないでもないけどさあ、そんなの言われても困るっつーの……」
「ちょっとだけだ、頼むよ」
腹を抱く太い腕にぐっと力が篭る。慶次は諦めたように息をついた。仄かに潮の香りがする。確かに、海を降りてまっすぐに来てくれたのだろう。約束を果たしに真っ先に来てくれた、その気持ちは確かにうれしい。うれしくはあるが。
「あんた、甘えたがりって女の子に言われた事ないかい」
「…………さあな」
随分と間をおいた答えに、これは恐らく図星だと慶次は苦笑し、その答えと引き換えに無為な抵抗は諦めることにした。それに、元親の言う通り、体温が恋しい気持ちは分からないでもないのだ。何より、彼の体温は不思議と心地がよかった。慶次の好む柔らかさなど全く持ち合わせていないのが難点ではあったが。
癖になったら困るなあ、と、どうやら背後でまどろみ始めているらしい元親に聞こえないよう、慶次はこそりと息を漏らす。
雨戸を叩く雨音と風は激しくなるばかりで、それがいやに耳についた。朝方には、本格的な嵐になっているのだろうか。