1991のアドベント
1991年11月。ミュンヘン。
いつもだったら、クリスマスへ向かう準備のアドベントに入り、とりわけ今年はドイツにとって兄であるプロイセンとようやく落ち着いてクリスマスが過ごせると踏んでいたのだが、どうもそうは行かなくなっていた。昨年は本当に各国からのお祝いやらパーテイーやらであちこち振り回され、新年を迎える頃はぐったりになってしまって、復活祭まで調子が戻らなかった。特にこういった華やかな席からとんと離れていた時期の長かったプロイセンはいまだにその疲れが取れないのか、はたまた国としての使命がないせいなのかもしれないが、家でごろごろしていることが大半を占めていた。
いや、兄のことはまだいい。もうひとつ心配事があったのだ。それはドイツばかりでなく、フランス、イタリア、オーストリア、ロシア、そしてアメリカまでをも巻き込んだ騒ぎになっていたのだ。そのために兄をベルリンの自宅に置き、体に負担が無いように飼っている犬をわざわざミュンヘンの別宅に連れて滞在している。しかし、もう、こういう生活も5ヶ月をすぎようとしていた。いい加減兄のことが心配になってくる。
明日も、その交渉で件の連中と朝早くから会議だ。しかし、フランスやロシアの考えていることにはもう飽き飽きだ。第一、独立したいと言っている国を止めるなんて。考えたこと無いのか?あいつらは。
しかし、ここでうっかりこちらがたとえば独立承認を早まっても事態の混乱を招く。何とかして平和にことを済ませたいのだが・・・。
資料に目を通す。一番の問題はクロアチアとユーゴスラビア連邦、とは言っても実質セルビアのことなのだが・・。さて、どういう風にこの二人を説得するか・・、というかセルビアの暴走を止められるか・・・、武器にしろ、人員にしろ連邦軍としてのセルビアのほうが圧倒的に多いわけで、クロアチアが今まで持っているのが不思議なくらい・・・・、と、そう考えていたときだった。
と、ふと外に人の気配を感じる。犬たちが急に吠えたのだ。こんな夜遅くに、しかも、霙交じりの雨まで降っている。おまけに自分がここにいるということを知っているものは本当にごくわずかなものしかいない。またイタリアが来たのか?仕方ないやつだな、と思いながら、玄関へと向かう。
「イタリア!こんな夜遅くにどうした!!」
しかし、玄関の外には誰もいない。犬は吠え続け、キッチンのあるほうのドアへと向かった。あわててドイツは後を追う。
なんだ?まさか・・・・まさかユーゴ連邦軍関係者か?セルビア民兵か?ドイツは不測の事態に備えてピストルを持ち、裏口へと回る。
心臓の鼓動が早くなり、口がからからに乾いてきた。
裏口へ通じるドアに飛びついている犬をやっとの思いで引き剥がし、続いて一気に裏口のドアを開け、ピストルを構えた。
「誰だ!誰かいるのか!この不審者!」
ドアの前には人が一人ぺったりと座り込んでいた。黒いマントを着込み、フードがかかっているのか顔も判然としない。
「手を上げろ!上げなければ撃つぞ!」
しかしその人物は手を上げるどころかピクリとも動かない。
「顔を上げろ!」そうドイツが叫んだときだった。
ゆっくりと顔を上げたその人物の顔を見てドイツは息を呑んだ。
「お・・お前・・・、まさか。な、なんでここに?・・・ク、クロアチアか?」
黒いマントの人物はゆっくり立ち上がると、フードをはずした。イタリアによく似たくせ毛、金色かかった青色の目。しかし、頭には包帯が巻かれ、右の頬には血のにじんだガーゼが貼られ、顔には無数のすり傷らしきものもある。これが男ならまだ良かった。
「久しぶりだな。驚かせて悪かった。しかし手を上げろ、といわれても、国中が戦争中だ。わかるだろう。上げたくても傷だらけで、痛くて上がらないんだ。しかしお前はあいかわらず元気そうで、おまけに体が変わらずムキムキだな。」
「おい、クロアチアな、何を言うか・・・しかしちっとも変わらんな。第一いつになったらそういう男のような口の利き方が直る?」
「仕方ないだろう。ハンガリーと800年暮らしてきたんだ。今更直せと言われてもな。しかし、てっきりベルリンにいるかと思ったが、ミュンヘンとは。探すのが大変だった。」
「それより、用事は何だ?こんな時期に。どうした。」
すると「クロアチア」と言われた人物は黙りこくった。勿論用事があってミュンヘンまで来たのはいいが、果たして、それがドイツにとって受けれてもらえるかどうか、迷った。
第一、こんなところでドイツと会っているなんて言うことが他の国にばれたら、それこそ死活問題。セルビアにばれるのはともかく、今はどんな国にでもばれるのは避けたいのだ。イタリアにも・・・だ。
とりあえずクロアチアは賭けに出た。とにかく外は霙交じりの雨が降っていて寒い。だんだん足先から冷えてきた。体は傷だらけだし、痛みがどんどん増している。とにかく家に入れてもらえるかどうか聞いてみよう。もし入れてもらえるなら、「受け入れてもらえる」もし、そうでなかったら・・・・。
「悪いが、ドイツ。中に入れてもらえないか?足が寒くて仕方ないんだ。」
「用事が何か言ってもらわないと困る。こっちだって慈善事業じゃないんだ。第一、お前とあっていること自体がもうすでに問題なんだぞ。紛争当事者のお前がだな、調停に入っている俺のところに来る。どんな理由であれ、それはだな・・・、」
「それはわかっている。あーあ、イタリアだったらすぐに入れるんだろうに。」
「貴様!口を慎め!用事は何だ!」
すると、クロアチアの頬に貼られていたガーゼから再びじくじくと血が滲み出してきた。
「やべえ・・・きたな、連邦軍か?・・・攻撃されているのか?こんな夜中に。」
次には腹の辺りをかかえてその場に倒れた。「ぐはっ!」
「クロアチア!」
あわててドイツはクロアチアを抱えて家の中に入った。犬たちも心配そうに後を付いてくる。ドイツはそのとき気が付いた。クロアチアに「悪意」とか「策略」はないと。
それは初対面にもかかわらず、犬たちがまったくおとなしく事の経緯を見守っていたからだ。何らかの邪な思いがあれば、自分が銃を撃つより早く犬が飛びかかっていたろう。
「待っていろ!今病院に連絡を・・・・」
「やめろ!私がここにいることがばれたら、私だけのことじゃすまない!寝室にも連れて行くな!台所のところでいい!」
「だめだ!体を休めろ!お前、この意地っ張りが!」
「馬鹿!離せ!離せったら!このスケベ!芋!お前寝室連れ込んで何するん」
「馬鹿者はそっちだ!」
嫌がるクロアチアを抱え込んで寝室につれて行こうとした。
あちこちから出血しているのかだんだん血のにおいがしてきた。おまけに火薬の匂いも。かなり国内が荒れていることはこのクロアチアの状態からも見て取れる。
かなり危険な状態なのでは?ドイツはふと心配になった。そんな状態なのになぜわざわざ捜してまで自分のところに来たのか、わからなかった。
国が戦争状態になると、このような国の似姿を持つ者はそれこそ人間と同じように傷つく。「独立」のために戦争を起こしたのはいいが、実はこのクロアチアの状態はそれこそ風前の灯だったのを後にドイツは知ることになるのだが。
いつもだったら、クリスマスへ向かう準備のアドベントに入り、とりわけ今年はドイツにとって兄であるプロイセンとようやく落ち着いてクリスマスが過ごせると踏んでいたのだが、どうもそうは行かなくなっていた。昨年は本当に各国からのお祝いやらパーテイーやらであちこち振り回され、新年を迎える頃はぐったりになってしまって、復活祭まで調子が戻らなかった。特にこういった華やかな席からとんと離れていた時期の長かったプロイセンはいまだにその疲れが取れないのか、はたまた国としての使命がないせいなのかもしれないが、家でごろごろしていることが大半を占めていた。
いや、兄のことはまだいい。もうひとつ心配事があったのだ。それはドイツばかりでなく、フランス、イタリア、オーストリア、ロシア、そしてアメリカまでをも巻き込んだ騒ぎになっていたのだ。そのために兄をベルリンの自宅に置き、体に負担が無いように飼っている犬をわざわざミュンヘンの別宅に連れて滞在している。しかし、もう、こういう生活も5ヶ月をすぎようとしていた。いい加減兄のことが心配になってくる。
明日も、その交渉で件の連中と朝早くから会議だ。しかし、フランスやロシアの考えていることにはもう飽き飽きだ。第一、独立したいと言っている国を止めるなんて。考えたこと無いのか?あいつらは。
しかし、ここでうっかりこちらがたとえば独立承認を早まっても事態の混乱を招く。何とかして平和にことを済ませたいのだが・・・。
資料に目を通す。一番の問題はクロアチアとユーゴスラビア連邦、とは言っても実質セルビアのことなのだが・・。さて、どういう風にこの二人を説得するか・・、というかセルビアの暴走を止められるか・・・、武器にしろ、人員にしろ連邦軍としてのセルビアのほうが圧倒的に多いわけで、クロアチアが今まで持っているのが不思議なくらい・・・・、と、そう考えていたときだった。
と、ふと外に人の気配を感じる。犬たちが急に吠えたのだ。こんな夜遅くに、しかも、霙交じりの雨まで降っている。おまけに自分がここにいるということを知っているものは本当にごくわずかなものしかいない。またイタリアが来たのか?仕方ないやつだな、と思いながら、玄関へと向かう。
「イタリア!こんな夜遅くにどうした!!」
しかし、玄関の外には誰もいない。犬は吠え続け、キッチンのあるほうのドアへと向かった。あわててドイツは後を追う。
なんだ?まさか・・・・まさかユーゴ連邦軍関係者か?セルビア民兵か?ドイツは不測の事態に備えてピストルを持ち、裏口へと回る。
心臓の鼓動が早くなり、口がからからに乾いてきた。
裏口へ通じるドアに飛びついている犬をやっとの思いで引き剥がし、続いて一気に裏口のドアを開け、ピストルを構えた。
「誰だ!誰かいるのか!この不審者!」
ドアの前には人が一人ぺったりと座り込んでいた。黒いマントを着込み、フードがかかっているのか顔も判然としない。
「手を上げろ!上げなければ撃つぞ!」
しかしその人物は手を上げるどころかピクリとも動かない。
「顔を上げろ!」そうドイツが叫んだときだった。
ゆっくりと顔を上げたその人物の顔を見てドイツは息を呑んだ。
「お・・お前・・・、まさか。な、なんでここに?・・・ク、クロアチアか?」
黒いマントの人物はゆっくり立ち上がると、フードをはずした。イタリアによく似たくせ毛、金色かかった青色の目。しかし、頭には包帯が巻かれ、右の頬には血のにじんだガーゼが貼られ、顔には無数のすり傷らしきものもある。これが男ならまだ良かった。
「久しぶりだな。驚かせて悪かった。しかし手を上げろ、といわれても、国中が戦争中だ。わかるだろう。上げたくても傷だらけで、痛くて上がらないんだ。しかしお前はあいかわらず元気そうで、おまけに体が変わらずムキムキだな。」
「おい、クロアチアな、何を言うか・・・しかしちっとも変わらんな。第一いつになったらそういう男のような口の利き方が直る?」
「仕方ないだろう。ハンガリーと800年暮らしてきたんだ。今更直せと言われてもな。しかし、てっきりベルリンにいるかと思ったが、ミュンヘンとは。探すのが大変だった。」
「それより、用事は何だ?こんな時期に。どうした。」
すると「クロアチア」と言われた人物は黙りこくった。勿論用事があってミュンヘンまで来たのはいいが、果たして、それがドイツにとって受けれてもらえるかどうか、迷った。
第一、こんなところでドイツと会っているなんて言うことが他の国にばれたら、それこそ死活問題。セルビアにばれるのはともかく、今はどんな国にでもばれるのは避けたいのだ。イタリアにも・・・だ。
とりあえずクロアチアは賭けに出た。とにかく外は霙交じりの雨が降っていて寒い。だんだん足先から冷えてきた。体は傷だらけだし、痛みがどんどん増している。とにかく家に入れてもらえるかどうか聞いてみよう。もし入れてもらえるなら、「受け入れてもらえる」もし、そうでなかったら・・・・。
「悪いが、ドイツ。中に入れてもらえないか?足が寒くて仕方ないんだ。」
「用事が何か言ってもらわないと困る。こっちだって慈善事業じゃないんだ。第一、お前とあっていること自体がもうすでに問題なんだぞ。紛争当事者のお前がだな、調停に入っている俺のところに来る。どんな理由であれ、それはだな・・・、」
「それはわかっている。あーあ、イタリアだったらすぐに入れるんだろうに。」
「貴様!口を慎め!用事は何だ!」
すると、クロアチアの頬に貼られていたガーゼから再びじくじくと血が滲み出してきた。
「やべえ・・・きたな、連邦軍か?・・・攻撃されているのか?こんな夜中に。」
次には腹の辺りをかかえてその場に倒れた。「ぐはっ!」
「クロアチア!」
あわててドイツはクロアチアを抱えて家の中に入った。犬たちも心配そうに後を付いてくる。ドイツはそのとき気が付いた。クロアチアに「悪意」とか「策略」はないと。
それは初対面にもかかわらず、犬たちがまったくおとなしく事の経緯を見守っていたからだ。何らかの邪な思いがあれば、自分が銃を撃つより早く犬が飛びかかっていたろう。
「待っていろ!今病院に連絡を・・・・」
「やめろ!私がここにいることがばれたら、私だけのことじゃすまない!寝室にも連れて行くな!台所のところでいい!」
「だめだ!体を休めろ!お前、この意地っ張りが!」
「馬鹿!離せ!離せったら!このスケベ!芋!お前寝室連れ込んで何するん」
「馬鹿者はそっちだ!」
嫌がるクロアチアを抱え込んで寝室につれて行こうとした。
あちこちから出血しているのかだんだん血のにおいがしてきた。おまけに火薬の匂いも。かなり国内が荒れていることはこのクロアチアの状態からも見て取れる。
かなり危険な状態なのでは?ドイツはふと心配になった。そんな状態なのになぜわざわざ捜してまで自分のところに来たのか、わからなかった。
国が戦争状態になると、このような国の似姿を持つ者はそれこそ人間と同じように傷つく。「独立」のために戦争を起こしたのはいいが、実はこのクロアチアの状態はそれこそ風前の灯だったのを後にドイツは知ることになるのだが。
作品名:1991のアドベント 作家名:フジシロマユミ