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「我は何もしてやれぬ」

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 なのに我は、三成を抱きしめて一緒に泣いてやることもできぬ。触れることが叶わぬのだから、頬を叩いてしゃんとしろと叱ることもできぬ。できることと言ったら、せめてこの手で秀吉と半兵衛の元に送ってやることぐらいだ。
 だが否だ。断じて否だ。大谷は激しく首を振ってその手段を否定する。この世から三成が消えてなくなることなど決して許せるものか!
 思えばあの日、小姓部屋の隅で書に没頭していた大谷の前に突然現れてからというもの、大谷の世界にはただ三成だけが存在していた。
 三成なくして大谷の朝は来ぬ。夜も来ぬ。三成なくして大谷の世界は成り立たない。しかし三成の生を望むことは、彼の長い長い苦しみの日々を願うのと同じこと。自責の念でもがき苦しみながら生きろと願うのと同じこと。
 我は何をしてやることもできぬ。三成がいなければ我は生きられぬというのに、我は三成に何を返してやることもできぬ。人並みの幸せを与えてやることもできなければ、このような不幸から守ってやることもできぬ。それなのに尚、この男の生を願ってしまう。
(竹中様はこの苦しみを仰っておられたのか……!!)
 圧倒的な絶望に、胸が押し潰されるのではないかと思った。いや、事実押し潰されていたのかもしれない。この時とっさに大谷が縋り付いたのは、心のどこか大切な場所が壊れたとしか思えぬ考えだったのだ。
「やめよやめよ。三成よ、ぬしの薄い腹など切ったところで、小判が出るわけでも不死の霊薬が作れるわけでもなかろう」
「このような時にふざけるな刑部!」
 既に鎧を半ば外した三成が吼える。
「私は真剣なのだぞ!!」
「わかっておる」
 噛み付かんばかりの勢いを、大谷はひらひらと手を振って抑えた。
「しかしぬしは誤っておるでな。まずその誤りを正せ」
「私が間違っている、だと? 私のどこに間違いがある!」
「間違いも間違い、間違いばかりよ」
 あまりにも常と変わらぬ飄々とした物言いに気勢を削がれたのか。鎧の留め金から手を離した三成に、大谷は畳み掛けるかのように問う。
「ぬしは己が悪いと言う。だが本当にそうか?」
「そうでなければ何だというのだ!」
「ぬしは何も悪いことなどしておらぬ。秀吉様の命で、秀吉様に楯突く者を仕留めに行っただけであろ。秀吉様が身罷られたのはぬしのせいではないわ。こうなったは全てあの男のせいよ」
「あの男、だと?」
「そうよ。秀吉様を裏切り、刃を向けた家康のせいよ」
「家……康……が」
「そう、家康よ」
 まるで幼子に物の道理を教えるかのように、大谷は同じ言葉を繰り返した。
「家康よ、家康が悪いのよ」
 それを聞く三成もまた、幼子のように繰り返す。
「家康が……悪い?」
「そう、ぬしではない。家康が悪い」
「家康が……家康が悪い……」
「なあ三成よ。ぬしは手ぶらで秀吉様に詫びにゆくつもりか? まずは不忠者の家康の首を討ち取り、それを提げてゆくのが礼儀というものであろ」
「家康の首を提げて……」
「そうよ。秀吉様の仇を討たずしてどうする」
 何度もそう言い聞かせるうちに、宙を彷徨っていた三成の目が異様な光を帯び始めるのを大谷は見た。もしそれを見る者が他にいたなら、きっと二人を止めようとしていたに違いない。そういう光だった。
 拙いことを言っている、という自覚は大谷にもあった。三成の精神の問題だけではない。己の一言はおそらく、この国そのものをおかしくする。
 豊臣秀吉という巨大な指標を喪ったこの国は、確実に混迷し、「豊臣残党」と「それ以外」に分かれるに違いない。そこに三成が立ち上がれば、「残党」は間違いなく彼に付く。月が昇るだけでその光の下に人を集めるように、必ず三成の元に集うだろう。
 だが「それ以外」は家康に付くだろう。秀吉のあまりにも大きな力は、この国を強くするだけでなく多くの恨みも買った。そういう者は皆、秀吉を倒した家康を祭り上げようとするはずだ。
 無意味な争いになろうな、と大谷は思った。天下は真っ二つに分かれ、様々な思惑が渦巻く中、たくさんの命が散ることになる。多くの血が流れることになる。ここで三成を望むままに死なせてやれば、そんな犠牲はなくともこの国はまとまるというのに。
 どちらが良いかは較べるべくもない。わかっている。我の言葉はこの男を狂わせ、この日ノ本を狂わせる――わかっているが、しかし大谷はそれを選んだ。
 我はぬしに何もしてやれぬ。人並みの幸せを与えてやることも、このような不幸から護ってやることもできぬ。ならばいっそ、全てを塗り潰してしまえ。家康への憎悪で三成の魂を染め、全てを不幸の黒に塗りつぶしてしまえば、この世は何も見えぬ真っ暗闇よ。
 それならばぬしも生きてゆけるであろ。見えねば却って楽に生きられるであろ。なァ、佐吉よ。
「……それだけが、ぬしにしてやれることとはな」
「何か言ったか、刑部?」
 小さな呟きに気付いて、三成が聞き返す。
 大谷は素知らぬ顔で首を振った。賽は既に投げられてしまったのだ。もう何も言えはしない。
「いや何も。それよりもまず、秀吉様の弔いをせねばな」
「そうだな……あの方に相応しい、壮麗な弔いをしなくては」
 頷く三成の目は雨空の暗さの中で爛々と輝いていた。かつて大谷を照らした光ではなく、狂気の光を湛えて。それがあまりにも眩しくて、大谷はそっと目を逸らす。
「あの方に相応しい合戦を! 秀吉様に家康の首を捧げるのだ……!」
 だが復讐に酔う三成が、そんな大谷の様子に気付くことはなかった。

 その日も雨が降っていた。
 全てを世界から切り離してしまうかのような、激しい雨音の中であった。
作品名:「我は何もしてやれぬ」 作家名:からこ