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ピーターパンに願い事を(あの日のままでどうかどうか!)

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会いたくなんかないよ。そうつぶやいた口唇が何故笑みをかたちづくるのかを俺はしらない。ただおまえがその見てくれよりはずっと単純ではないということをしっているだけだ。単純じゃないおまえの脳味噌はその複雑さで何を考え、何を感じているのか。会いたくなんか、そう繰り返す口唇をいますぐ塞いでしまえたらと思う。そうしたら俺は今よりきっともっとすっきりとしたきもちで、おまえと向き合えるのだろうに。


奴から電話が掛かってきたのは昨日の夜、ちょうど日付を跨いだころだった。点けたばかりのテレビからは台風上陸のニュースが流れ、たしかにその気配を感じさせる雨は酷く強く窓を叩いていた。通話ボタンを押すと聞きなれた声が「遅くにごめん」と俺の鼓膜を震わせた。「ちょっといい?」そう聞く奴にいつもどおりに「なんだ」と返し、それにうん、と応える奴の声を聴くと、奴はひといきおいて、「おしたりからね、連絡があって」とささやいた。俺はそのためらうような気配に厭な予感を覚えた。奴の言葉はつづく。「もいちど、付き合って欲しいって、いわれた」呼吸が、一瞬、止まるのを感じた。




それはもう随分と昔の話だ。俺たちがまだちいさなガキだったころ、俺たちは同じ学校で同級生として出会った。春のひかりを浴びてきらめくその髪と笑顔を、酷くまぶしく感じたことを覚えている。俺は自然奴を目で追うことが増え、そのうち奴のまぶしさは単純なまっすぐさだけでつくられているわけではないとしった。奴のかがやく瞳は、眠いと伏せられるとき、なんでもないよと笑うとき、まるで拗ねているかのようなひかりを点した。奴が背負っているのが諦観であると気付いたのは何時だっただろう。そのときすでに奴の心はひとりの青年によって奪われていたのだ。

「どうも、忍足といいます」そう挨拶した青年はあきらかに一筋縄ではいかぬ雰囲気を纏っていた。俺がはじめて会ったのは高校に上がってすぐのころだった。そいつを紹介したのは慈朗だった。奴は『秘密』だよと、『あとべだけ』だよといって、その『彼氏』だという男のことを紹介したのだった。俺は、その男の、何を考えているのか容易にはわからぬ瞳がきらいだと思った。慈朗にそういうと、奴は困ったように笑って、「俺もきらいだよ」といった。

慈朗がその男と出会ったのは当時通っていたテニスクラブでだったという。その男はそのテニスクラブでコーチとして呼ばれていたのだそうだ。男はとても上手いテニスをするのだと、慈朗はいつも嬉しそうに話した。俺はいつだってふうん、と興味のないふりをした。すると慈朗はかならず「あッでもどっちが強いかでいったらマジマジあとべのが強いと思うよ!」とフォローを入れた。慈朗はそういうところによく気のつくこどもだった。けれどそれすらあの男によってかたちづくられたものだと思うと、俺は忍足というその男が憎らしくて堪らなかった。慈朗とよりたくさんの時間を過ごして来たのは俺だ。たとえすべてをしらないとしても、あいつよりはずっと。そう思っていた。そのころの俺はまだガキで、何も、何ひとつとしてしりはしなかったのだ。

そのことをしったのは高校3年の終わりごろだった。慈朗がその男と駆け落ちをしたのだ。そのときはじめて、俺は相手の男に家庭のあることをしった。妻と、幼いこどもがふたり。慈朗は、失踪して3日経ったころ、自分で家に帰ってきた。しかし行方不明になっていたあいだのことはいっさい話そうとはせず、俺がはじめてその話を聞けたのは高校も卒業して、大分経ったころだった。

駆け落ちしようと言い出したのは相手のほうだったらしい。それは、家族を裏切り、そして年若い愛人のことも苦しめ続けているという罪悪感からの逃避だったのかもしれない。寝物語にそんなことを話すことで、どこか自分を許そうとしていたのかもしれない。諦観のただよううつくしい笑みを浮かべながら、慈朗はそんなふうに話した。そしてふたりは逃げ出した。どこかにきっとふたりでしあわせになれるところがあるはずだと信じて。しかしそれを目前に相手は怖気づいた。よくある話だ。駆け落ちて3日、相手は慈朗を置いて去った。奴は泊まったホテルで、慈朗が眠りに落ちるのを確認したあと、足音をひそめてこそりと部屋を出て行ったという。それをしりながら慈朗は彼を止めることなく、ここへ帰ってきた。「もういいよ」と慈朗は笑った。「もう、夢は見ない」そういって笑う慈朗に俺は今にも壊れそうな脆さを感じ、思い切り奴を抱き締めたい衝動に駆られた。こいつを守りたい、守ってやりたいと願った。そうして俺は、奴のことを好きだと、慈朗を好きだと、そう自覚したのだ。



その日。俺と別れたそのあとで、慈朗は手首を切って自殺を図った。未遂だった。
それから3年。あの男がまた、帰ってくるという。




電話越しに慈朗が「どうしよう」という。雨音はさらに強まっている。慈朗の吐息すら掻き消されそうだ。俺は奴を繋ぎとめるようなきもちで、「電話じゃなんだろ。明日あの駅前の喫茶で会おうぜ」という。「わかった。じゃあ、また明日ね」そういう慈朗の声はあまりにふつうで、俺の背筋を凍らせる。慈朗。おまえはもういちど、奴の言葉に応えるつもりなのか。おまえをうらぎり去って行ったあの男の。あの男の手を、もういちど握りたいと、そういうのだろうか。