似たもの同士の僕ら。
渡された黒いコートに、はあ、と生返事を返して受け取る。そのままピアノのフタを開けた臨也が、ピアノの前の椅子に座った。
「・・・弾くんですか?っていうか、えっと、弾けるんですか?」
ピアノと臨也。
あまりにも意外な組み合わせに、思わず問えば、臨也ははーっと大きく息をついてみせた。
「・・・あのね、俺が高校生のころってさ、不良とか一杯いる物騒な学校だったの、ここ」
ってか、その物騒の大部分あなたのせいでしょう、とは、思ったけど言わない。そんな帝人の顔をちらりと見て、臨也は続ける。
「でもさあ、そんな学校にも女子はいるわけ。何時の時代でも女子ってすっごい夢見がちでさあ、くだらない現実に早々に見切りをつけて、ロマンチックな妄想に心奪われて・・・そのせいだと思うんだけど、この学校って他の学校よりそういうの多いんだよね、ジンクスっていうか、おまじないっていうか、まあそういうの」
「・・・はあ」
「で、俺が聞いたことあるのは」
ぽーん、と、鍵盤に臨也の長い指が触れる。なんだか現実味のない光景だなとぼんやりと考えながら、帝人はその指先を見詰めた。相変わらず、綺麗な手をしているなと、思う。
「音楽室でピアノを弾いて告白すると絶対上手くいく、ってやつ」
まあ、この場合は女の子が告白することを想定してたんだろうけどね。そんなことを言いながら臨也が神妙な顔で弾いたのは、ところどころ音が飛ぶ、ぎこちない「猫踏んじゃった」なわけだけれども。
「・・・その選曲どうなんですか、告白するのに」
あきれつつも嬉しそうに、尋ねた帝人に臨也はふてくされて答える。
「俺、これしか弾けないもん」
「あははは、僕は「さくらさくら」しか弾けませんけどね」
「知ってる。だから俺が恥を忍んで弾いたんじゃないか」
どう思う帝人君、と臨也が、苦笑をこぼしながら問う。
こんなぼろぼろの猫ふんじゃったで、落とせる相手いると思う?
それは軽口にまぎれて問われたけれど、臨也があくまでも大真面目に帝人に尋ねていることを、知っている。落とせる相手いると思う?なんて、滑稽な言い回し。そうじゃなくて、臨也が心から言いたいのは、こんなボロボロの猫ふんじゃったでも落ちてくれる?という、もっと直接的な疑問なわけだ。
そんなことは知っている、知っているとも。だってきっと帝人だったら、そう尋ねていた。相手の出方を伺って、そして肯定してもらえなければ言葉一つ満足に伝えられない。そういう不器用な、二人だから。
帝人は仕方が無いですね、と肩を竦める。
全然仕方なくなんて無いんだけど。本当はその、綺麗な指先が奏でる、お世辞にも上手とは言えないスローテンポな猫ふんじゃったに、心臓が高速でリズムを刻んでいるのだけれど。
「臨也さんがそのボロボロの猫ふんじゃったに、愛の言葉を付け足してくれるなら、僕なら落ちてもいいですよ」
笑いながら告げた帝人に、臨也は少しだけ神妙な顔を作って、いくつか音を外して、さらに猫ふんじゃったをボロボロにした。どんな言葉を言ってくれるだろうかと、帝人はその口元に目を向ける。
臨也は、ゆっくりと、息を吐いて。
「一緒によぼよぼのじーさんになって、縁側でお茶を飲もう」
史上稀に見る真顔でそんなことを言って。
それから光が指すように、笑った。
「飽きること無く思い出話ができるくらい、山ほど思い出作って歩こう。俺が急ぎ足で追いつけないと思ったら、遠慮無く待てと言っていい。帝人君が言うなら俺はいくらでもまってあげるよ。それでも追いつけないなと思うなら、手を貸せって怒鳴っていい。貸せと言われる前に手を差し出さなかった俺の気の利かなさを怒っていいんだ。だから、鬱陶しいほど傍にいよう。息苦しいほど抱き合おう。息ができないくらいキスをしよう。どっちの体なんだか分からなくなるくらい触れ合おう。俺と・・・」
息が詰まる。
手のひらを握りしめた帝人の頬を、なぜだか涙がこぼれ落ちた。
だってこんなことを言うような人じゃないのに。こんな、らしくないことを、こんな顔で。
そんな人じゃないと思っていたのに。諦めていたのに。
瞬きをした視界の中で、臨也も同じように瞬きをした。何をやっているんだろうね、と思う。二人そろって臆病で、二人そろって不器用で。二人そろって泣いて、さ。
「俺と一緒に歩いて行こう。君の、その先の長い人生を」
今、人生で一番くさいセリフを吐いたよ、と臨也が、泣きながら笑う。
帝人も同じように笑って、同じように息を吐いて、それから。
声にならなくて、だから臨也に抱きついた。
一緒に、歩いて行こう。
その先長い道のりを。
作品名:似たもの同士の僕ら。 作家名:夏野