さがす
「視えますか?」
「・・・・・・は、い」
女は真っ青になりながら『それ』を凝視していた。
夕暮れのビルとビルの路地裏に『それ』は存在していた。
陽炎の様に浮かぶ奇妙な『それ』。あれは、
「あの男性ですか?」
魔実也のその言葉に女は口唇を噛んで頷いた。
「・・・・・・彼です。」
小さくそうつぶやいて、そしてその姿に堪えられなくなったのかもう見たくないと女は魔
実也の腕から手を離した。
どうして、あんな姿になってしまったのか。女にはわからずにいた。
「飯田さん。『彼』は貴女がその身に付けている指輪を、ああやってずっと捜しているの
ですよ。」
その言葉に女がハッとした様に左手の薬指に嵌(は)めている指輪を右手で覆った。
「・・・・・・この、指輪を?」
「そうです。」
ちょうど一年前の初秋の頃だった。
一人の帰宅中の会社員が、まだ夕暮れ時の人通りの多いメイン通りから、ビルとビルの人
気のない路地裏に引っ張り込まれて何者かに殺された。
争った形跡からして、物取りの犯行だったらしい。
犯人はすぐに警察に捕まったが、しかし会社員は犯人に腹部にナイフを突き刺されて、出血多量で死亡した。
その後、まことしやかにそこに『幽霊』が出るのだと噂されている。
「きっと、争っている時に落としてしまった指輪を捜しているのでしょう。あの日からあ
あやって『彼』の『時間』は止まっている。」
警察から連絡が入った時、女は卒倒しそうになった。今の今まで、これからの幸せな時間が永遠に続いていくものだと思っていたからだ。
信じてこれっぽっちも疑わなかった未来は、『死』という現実に壊された。
鑑識を終えて再び女の目の前に現われた『彼』の遺体は、真っ白であまりにも綺麗だった。
そして、女に唯一つ残されたものは『彼』の血に染まった指輪だけ・・・・・・
だから『彼』は時間を止めたままこの『指輪』を探しているというのか。この自分と同じ
様に。
「どうしたら、」
女は魔実也に縋った。
「どうしたら、あの人を救い出せるのですか?」
あの人は・・・・・・あの人は私のためにこの指輪を捜している。あんな目にあっていてさえ・・・・・・
「これでは、あの人が・・・・・・」
「飯田さん、落ち着いて。」
縋る女の肩に手を置いて魔実也がいう。
「いいですか?よく聞いてください。貴女がこの指輪を『彼』に渡すのです。」
「私が?」
「そうです。『彼』はその指輪を捜している。その指輪が見つかったという事を『彼』に
理解させるのです。」
女は魔実也の双眸を見つめた。
あぁ、そうだ。『彼』を救えるのは『私』だけしかいない。あの苦しみから助け出せるの
は・・・・・・
「わかりました。」
指輪を守る様にしたまま女は静かに振り返った。
まだ『陽炎』は揺らいでいる。『彼』はこの時間帯にしか現われない。
女は魔実也の見守る中、その『陽炎』の元へと一歩を進めた。