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つくりものの温度

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ぼくは、最近、あのつくりものの温度のことばかり考えている。

 白い夏の陽射しは、ぼくのからだの上に降り注ぎ、肌を容赦なく灼こうとしている。なのに、あの、つくりものの温度のことを思い出すたびに、ぼくはぞっとして、ひんやりとしたものが背中を這っていく。
 今も、そうだ。思考のエアポケットにあらわれる、あの感覚がまたぼくの肌の上をすべっていく。
 ぼくは、ヤサコとフミエの背中を追うように、まぶしい光の中を歩いていても、ふたりが交わす無邪気な会話からどんどんと引き離されて、遠ざかっていくみたいだ。
 息苦しい、助けて、と叫びたいのに、ぼくはなぜだか口にできない。
 ぼくはほんとうは自分が、あれを望んでいることを知っている。苦しいのに、それはつくりものの感覚だ。つくりもの? 感情すらも、きっとつくりものだ。
 あの手が、ぼくにふれたとき、ぼくは、現実から、自分だけがはがされていくような、錯覚をおぼえた。いつまでも、あの時のことが繰り返されているみたいだ。どこにいても、それが始まっていく。
 それは、息苦しくて、嫌悪と恐怖が押し寄せるのに、足を踏み出してしまうような、よくわからない感覚。あれも、きっとつくりものの感覚なんだろう。


 はらかわけんいち君、と彼は、ぼくの名前を呼んだ。
 その声の感触が、耳の奥にいつまでもしつっこく残っていた。低くて、ざらっとした声。
 大人というには、まだ随分と若い。薄い服から剥き出しの腕がのぞいていて、日に焼けてうっすらと赤くなっていた。ぼくのおばちゃんと、同じ歳、あるいは少し上に、見えた。顔はまだ若い。お兄さん、と呼ぶような歳だろう。なのに表情だけが古くなったもののように感じた。データが古い、そんな感じ。その顔は、気のせいかと思うほど、すぐに消えてしまった。
 彼は、はじめて逢った時、名乗らなかった。街ですれちがうことはあっても、もう二度と会うことはないと思っていた。でもそう思っていたのは、きっとぼくだけだった。彼は、ぼくのことを知っていたのだから。

 彼と出会ったのは、あの、交差点だった。
 一年前、カンナの事故のあった交差点に、ぼくは、ときどき、花を手向けていた。カンナの好きだった、花だ。
作品名:つくりものの温度 作家名:松**