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世界の半分は笑えない冗談で出来ている

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「もしもし?ああ、竜ヶ峰のおじさんこんにちは。調子どう?……え、俺?俺は相変わらずだよー、細々と食いぶち稼ぎながらつましくやってるよ。急にどうしたの。……ああそういや来週だっけ、結婚記念日。……へぇ、いいじゃない、二人の記念日にディナーなんてさ。おばさんと出会ったのって、新宿だっけね。うん?……どうしたのあらたまって。え、来週の土曜?別に遠出する予定は入ってないけど」

 先に断っておくが、波江は別に雇い主の電話に聞き耳を立てていたわけではない。明らかに仕事関係と思しき相手ならともかく、折原臨也のプライベートになど微塵の興味も無い彼女は、勝手に聞こえてくる会話を耳半分で聞き流しながら、事務作業に追われていた。
 竜ヶ峰。妙に仰々しい響きの単語だが、相手の苗字なのだろう。
 細々とつましくだぁ?どの口がそれを言うかこの男。
 黙々と手を動かしながら、波江は心中で淡々と突っ込みを入れていた。
 ふと違和感を感じた波江は顔を上げる。臨也が仕事用のチェアにゆったりと凭れて携帯電話でしゃべっている姿が目に入る。

「そこに帝人くんもいるの?替われる?……もしもし帝人くん、こんにちは。……うんそう、今度の土曜にこっちに出てくるんだって?俺は別にいいけど、仕事が忙しいからかまってあげられないよ?……え、ほんとにいいの。あはは、変わり者だなぁ君も」

 分かった、じゃあ次の土曜ね、楽しみにしてるよ――そう言って通話を切る臨也に、ようやく違和感の正体に気づいた波江だった。彼女は非常に稀有なものを目撃していたからだ。あの臨也が、悪魔のような悪意とひん曲がった性根を具現化したような、皮肉に満ち満ちた禍々しい笑顔が持ち芸の折原臨也が。
 帝人くん、と呼んだ相手と会話していた時だけは、悪意も毒もなにもない、穏やかで柔らかな笑顔を浮かべていたからだった。





 今日は土曜日である。普通の勤め人ではない波江にはあまり、曜日というものは関係ない。平日に休める日もあれば、土曜日曜と出勤する日もある。すべては雇い主の采配次第。
 波江が出勤してくると、臨也の事務所に見知らぬ少年がいた。公立の学校なら今は週五の授業体制だっけと、とりとめもないことを波江は考えた。
「波江、紹介するよ。彼は竜ヶ峰帝人くん。今日一日、正確には夕方頃まで、うちで預かることになったんだ」
「は、はじめまして」
「はじめまして。……あなたは一体いつから託児所を始めたのかしら」
 ふたりの大人に視線を向けられて、竜ヶ峰帝人なる少年はぺこりと頭を下げた。男の子らしく短く切った黒髪、つぶらな瞳、ちょっと気弱で真面目そうな面立ち。未来の美丈夫とまでは望めないものの、純朴で可愛らしい子どもだった。
 波江の表情パターンに作り笑顔などというものはない。相手が子どもでも例外はない。無表情の美女に見下ろされておそれをなしている帝人の頭を、臨也はぽすぽすと撫でて。
「いやいや託児所は無いだろう、帝人くんだってもう小学生なんだよ、こう見えても。あ、帝人くん、こちらは矢霧波江さん。俺の秘書みたいなことをやってもらってる」
「秘書!へえぇ、秘書さんなんですかぁ」
 ぱちり、と瞬きをした少年は、どこかきらきらした目で波江を見つめる。居心地の悪さに彼女は柳眉を寄せた。私は動物園の珍獣か。まあ間違ってもいまいか、一般的なサラリーマン家庭の子なら、秘書などという生き物はテレビの向こうの存在なのかもしれない。
「こんな感じに好奇心は旺盛なんだけど、それなりに礼儀はわきまえてるし、独り遊びが好きな子だから仕事の邪魔にはならないかなと思って。一日だけ、預かることにしたんだ」
 臨也によると、帝人は彼の従弟に当たるらしい。折原の母親と竜ヶ峰の父親が姉弟なのだそうだ。ちなみに帝人の名付け親が彼の父親と知って、妙に納得した波江だった。イザヤにクルリにマイル、それにミカド。名付け親はまごうことなく同じ血を引いている。

 ――今日が竜ヶ峰夫妻の結婚記念日で、独身時代よろしく上京して思い出の新宿でデートとしゃれこみ、夜は家族三人でディナーの計画を立てたはいいが、さて帝人くんをどうしようか、新宿を連れまわすのも子どもには酷だが夕飯は一緒でないと、でもまだひとりで埼玉から来させるわけにはいかないし。で、そこで俺が夕刻まで預かってあげようかと申し出た、ってわけなんだよねぇ。って波江?聞いてる?

「あそう。聞いてるわよ。それで私は、別にこの子の相手までしなくていいのね?」
「うん、昼ごはんだけ作ってくれればそれでいいから」
 臨也のよく回る舌でもろもろの経緯を説明された波江は潔く、その殆どを聞き流していた。事情など心底どうでもいい。仕事場にイレギュラーな面子が増えること、波江はこの子どもに煩わされなくてもいいこと、この二点さえ分かれば充分だ。
「それじゃあ帝人くん、うちに来てくれて早々で悪いんだけど、俺は仕事で忙しいんだ。前にも言ったように、あんまり君にかまってやれない。ハタから見れば遊んでるようにしか見えないらしいんだけど、失礼な話だよねぇ」
「あっはい!」
 振られた帝人は慌てて返事を返す。小学生のボウヤがそんなこと言われたって、リアクションに困るだけでしょうに。というかそう誤解とやらは、普段の言動がモノを言うのよ――冷やかな波江の視線にも頓着せず、臨也は大仰に肩をすくめる。
「だからまぁ君は、その辺のソファで遊んでてよ。テレビは勝手に観てもいいから。君のことだからゲームも持ってきてるんだろ?ああでもその前に、宿題はきちんと終わらせること」
 ぎくり、と少年は肩から掛けたままだったバックパックを胸に抱く。
「臨也さん、いっつも僕のことよく分かってるんだもん、びっくりしちゃう」
「あっはっは、宿題の件は君の母さんに釘刺されてただけだから。小学生のワークブックくらいなら手助けしてあげられると思うよ。それじゃあ頑張って」
「はい、臨也さんもお仕事頑張って」
 こんな子どもにまで手の内をひけらかしてるのかこの男は。波江は小さく首を振る。それにしてもこのボウヤもボウヤだ。ずいぶんと臨也になついているじゃないか。
 殆どかまってやれない、遊びに連れ出すこともできない、ただ居場所を提供する。それだけでもいいならという臨也の申し出に、一も二も無く喜んで首を縦に振ったのは、他でもない帝人本人だったという。
 ひらひらと手を振って仕事用のデスクに向かう臨也を見送る、帝人のその瞳は。いうならば、尊敬のまなざしだ。十五も十六も歳の離れた従兄のお兄さん。シンプルな黒を着こなして、大都会の街を闊歩しているとあれば、幼い憧憬も無理からぬ。その実態がとんだゲス野郎だとしても。外づらだけは無駄にいいし。
 なんとなく、帝人がえんぴつを握りノートを広げたのを見届けた波江もまた、いつもの定位置に就いて仕事を始める。おのおののパーツが収まるべき箇所に収まり、折原臨也の事務所は機能を始める。
 昼にはまだ早い時間。メールを送信し、受信トレイを確認してから、波江は備え付けのキッチンへ立つ。上司と自分にはコーヒーを。さてあの子どもにはどうしよう。ジュースなんて気のきいたものの買い置きなどない。戸棚に一通り目を通して。