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世界の半分は笑えない冗談で出来ている

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「お疲れ様、これ飲みなさい」
 当たり障りのない、アイスティーを淹れてやった。
「あ、ありがとうございます!」
 たどたどしくはあったが、帝人はほわりと表情を明るくして、嬉しそうな様子を見せた。子どもに無関心な波江でも、素直に喜ばれて悪い気分にはならない。やっぱり人間、素直に生きるに越したことはない。
 盆を脇に抱えてキッチンへと戻るすがら、波江の指がワークブックの設問部分をトントンと叩く。
「ここ、+と−を見間違えてるわよ。質問はちゃんと読みなさいな」
「え?あっ!ほんとだ」
 ごしごしと消しゴムをかける帝人少年の手つきが危なっかしい。そんなに乱暴にこすったら、いつかノートをぐしゃりとやってしまうだろうに。指摘してやる義理はないから、波江は横目で見るに留めたが。
 アイスコーヒーをずじゅじゅじゅじゅ、と音を立てて啜り上げながら、臨也の軽薄な声が飛んできた。
「俺も気になってたから言おうと思ってたのに、波江に先越されちゃった。やさしいとこあるんだねぇ。君が契約外の労働までやってくれるタイプだとは知らなかったなぁ」
「黙りなさい、馬鹿にしてるの?」
 小学生の『さんすう』のワークブック程度が、労働にカウントされてたまるか!

 宿題を片付けたらしい帝人は、バックパックからDSを取りだすと、ソファに凭れてゲームを始めた。目は画面から離さないまま、無心に指を動かしているが、その横顔に表情らしき表情は無い。三十分もしないうちに電源を切って、ぽーいとソファの上にそれを投げだしてから慌ててバッグに仕舞って。帝人はソファによじ登って、背もたれ越しに仕事ブースの方を眺めている。
 その時の臨也はといえば、左手でパソコンのマウスを操作し、肩と顎で携帯電話を固定して会話をする傍ら、右手で紙片に文字を書きつけていた。電話のメモを取っているのではない、会話とはまったく無関係の書類に目を通しながら、必要事項を記入しているのだ。
 三つの異なる作業を同時にこなしている。その間波江に仕事の指示を出しているのだから、同時に四役か。
 帝人は、はう、とため息をつく。見とれている様子。何に対してか、は言わずもがな。
 最愛の弟以外のすべての事象に無関心な波江とて、ヒトの心はある。なけなしの良心が叫ぶ。――この男だけは、折原臨也にあこがれるのだけは止めておきなさい!あなたの人生狂うわよ!





 臨也が退屈そうにテレビのチャンネルを変え、波江は携帯電話で誠二への愛のメールを作成していた。なんとなく昼食後のだらけた空気が漂っていた昼下がり。
「人がゴミのようだ!」
 えっ、と波江は顔を上げる。小さいけどはっきり聞こえた幼い声。新宿の街を一望できるワイドビュー、窓ガラスにぴたりとくっついて、帝人はなにが楽しいのか飽きもせず眺めている。
 くつくつと臨也は喉奥で笑う。
「帝人くん、ジブリは好き?高いとこに登ると一度は言ってみたい台詞だよね、それ。っていうかそれが言いたくてこの部屋を借りたんだけどね」
「ふぅん」
 嘘か誠か。人間が好きだから、大好きなものをいつでも特等席で観察できるように?――この男の悪趣味さがまだ理解できないらしい帝人は、ことりと首をかしげた。
「最近ちょっとはまってるんだ、紅の豚とか。臨也さんも好きなの?」
「妹たちがよく観てたから、いやでも覚えちゃうよ」
 ガラスの向こうになにか少年の気を惹くものを見つけたのか、「あ、臨也さんちょっとごめん!」と断って、取り出した携帯電話で熱心に写真を撮り始めた。うまくいいアングルにならないのか、何度も取り直しながら。
 ふと、ようやく波江も合点が入った。明晰な彼女もサブカルチャーには疎かった。
「ジブリって、アニメ映画のこと?」
「知らなかったの?驚いたなぁ」
 帝人がつぶやいたのは有名な台詞なのだろうが、そんな大げさに目を丸くするほど驚くことなのか。
「悪い?」
 小馬鹿にしたような物言いはいつものことだから、相手にしないことにして。映画から引用した台詞だというから、横目で睨みながらそれを折原臨也に当てはめてみる。――磨き抜かれたガラス窓越しに見下ろすと、地面は遥か下方、人々の営みが一望できる。チェアの肘掛けに頬杖を突き、豆粒みたいな人影を見下ろしながら折原臨也は呟く。「あはは見てよ、人がゴミのようだ!」
 帝人くらいの歳の子なら子どもの戯れ、微笑ましい光景の一つでしかないのに。
 波江は額に手を遣る。似合いすぎて眩暈がする。いい歳した大人が。
「どうかした?貧血?」
「いいえ。私はてっきり、あなた由来の中二病があの子に感染したのかと思ったから」
「嫌だなぁ、俺は病原菌か何かかい」
「『違う』って否定、できるもんならしてみなさいよ。この中二病兄妹」
 自分の影響で痛々しい方向に成長してしまった妹、という前例があるだけに、旗色が悪そうに臨也は目を逸らした。
「そういや今の帝人くんくらいの頃だったな、あいつらが『キャラづくり』を始めたのは」
 竜ヶ峰帝人。特別に優等生というわけでも、不良というわけでもない。美少年でも不細工でもない、ごくごく普通の面立ち。短く跳ねた髪に、健康的に少し焼けた肌。どこにでもいそうな平凡な少年はただ、持ち前の好奇心が顔を覗かせた時、愛想良く笑った時なんかに、愛らしく生き生きときらめく。
 帝人には、波江が言うような『中二病』の初期症状は見られない。知らされなければいっそ、この折原臨也と幾らか血が繋がっているのが信じられないほどに。
「潜伏期間、があるのかもしれないわよ?」
「縁起でもないこと言わないでくれ。言霊、って知ってる?コトバには力が宿るんだよ?」
「あなたが言うと違う意味で説得力があるわね」
 意外にも臨也があの妹を苦手としているのを、波江は知っていた。苦々しげな顔をする臨也に溜飲を下げた波江は、携帯電話を仕舞いながら腰を上げる。そろそろ午後の仕事にかかる頃合いだ。

「それじゃあ波江、午後は外回りに出てもらわないといけないからよろしく。さっきプリントしてもらった文書の一から十二ページまでは茶封筒に入れて、十三から十六ページまでは三つ折りにして二重封筒へ。残りは全部パンチして分類して、向こうの棚の青と黄色のファイルに綴じて。茶封筒はメールボックスの上から三番目に届いてる送信者の住所を調べて、そこへ簡易書留で郵送してから、十四時に新宿西口改札前で依頼人の部下に会って、二重封筒を渡して。相手の特徴は黒縁眼鏡のロングヘアー。合言葉は『ねこふんじゃった』。そしたら帰りにローソンに寄って『ほうじ茶パフェ』を調達してきて」

 いつも通りメモも取ることなく、文書を整理し封筒を用意し、はたと波江は手を止める。
「ちょっと待って、今回のほうじ茶パフェってのは何の符号?」
 いつぞやの、拳銃をチョコレートと言い換えた伝言を思い出す。スイーツつながりで、今回も分かる者にしか分からない符号なのだろうか。それにしては、チョコレートの件以上に意味の分からない暗号めいているが。
「違う違う、言葉通り、コンビニでスイーツ買ってきてってこと。新商品なんだよ、最近流行りのほうじ茶使ったデザートなんだけど。知らない?」