世界の半分は笑えない冗談で出来ている
「知らないわよ。どういうこと?あなた好きなの、コンビニデザートが?意外ね」
プライベートのお遣いまで便乗して頼むんじゃない。それでも言いつけられたことは忠実にこなすつもりだが、波江はちくりと語尾に嫌味をのせる。
「ちょうど君が西口で面会を終えて帰る頃が、ローソンの定時配達の時間と一致するんだよね。人気あるのに入荷数少なくてなかなかレアなデザートだから、忘れず買ってきて」
皮肉げな顔にも当て擦りにもかまわず、臨也はにっこりと笑って言った。
波江がてきぱきと片づけを済ませ、事務所を出ていく。さらりとなびく艶やかな髪を目で追っていた帝人は、本日何度めかのため息をついた。
「さっきの、すごいなぁ。僕全然聞き取れなかった」
「ああ帝人くん、退屈してる?」
「……ちょっとだけ。でも、邪魔しないからね!」
「平気平気」
ひょこり、書棚の陰から帝人が顔を出す。
波江への指示の中には、大抵の小学生には聞きなじみのない言葉も混ざっていたから、ゆっくり聞いても帝人には理解できない部分もあるだろう。それ以前の問題でもあるが。
フラッシュメモリにデータを保存して、臨也が伸びをしているタイミングを見計らって、帝人は話しかけてみた。幼いながらも空気が読める。臨也と居る限りには絶対に必要な能力だと、子どもは無意識に会得していた。
臨也がおいでおいでの仕草をすると、子どもは表情を明るくして寄ってくる。気の小さな子犬みたいだ。
「臨也さんと波江さん、いっつもあんな感じなの?」
「うん?まあね。仕事ってのは基本、おんなじ作業の繰り返しだから、たまには刺激を与えてやらないと錆びついてしまうものなんだよ」
まことしやかに言って、臨也は微笑む。
「さてと。帝人くん、DSで対戦でもするかい?」
「え、でも、今日はお仕事で忙しいって」
「ちょっと頑張って、急ぎの仕事は全部片付けた。後は、張った網に獲物が引っかかるのを待つだけだから、暇っちゃあ暇なんだよね。これ、波江の前で言うとぶん殴られそうだけど」
ぱちくりと帝人は目を丸くして。
「臨也さんのお仕事って、ふぁ、ふぃな?」
「ファイナンシャルプランナー?」
「そう、それって、漁師とか狩人みたいな仕事?」
「そんなもんかな。今のはその本業じゃなくて副業、内職の方だけどね」
「内職?」――ぽん、と子どもは手を打つ。
「昔のドラマの再放送で見たことある!薔薇の造花とか作ってた」
「そうだね」
いつもの嫌味や皮肉ではない、ただ愉快そうに、臨也は笑みを深める。――やっぱり面白い。ちょっとだけ癒されたよ帝人くん。
「俺からの宿題だ。次に会うまでに、俺の仕事がどんなものなのか検索するなり周りの人に尋ねるなりして、調べてくること。どうしても分からなかったら教えてあげる」
「はいっ!」
臨也の課題を遂行すべく調べ物をして、自分の発言に帝人がのたうちまわりたくなるのは、また別の話である。
*
DSの前の前の前、ゲームボーイ時代の通信はケーブルつないでたんだよねぇだとか、やっぱ原点に戻って帝人くんは最初の三匹はどれが一番好き?だとか。(帝人がポケモン攻略中と知っての話題だろう。帝人はまだ何も言っていないのに)
自分のDSを探して机の引き出しをごそごそ探りながらも、臨也の饒舌は止まらない。すらりとした体躯を折って、目にかぶさってきた髪を、細くて形のいい指が払いのける。帝人は男の子だけれど、いやだからこそ、臨也はやっぱりカッコイイなぁと思うのだ。
カッコイイ従兄のお兄さん。もっと知りたい、ミステリアスな彼のこと。
「あの、臨也さんは」
「ん?」
「臨也さんは、ほうじ茶パフェ、好きなの?」
ああいけない、バッテリーが切れてると、ブラックのDSの電源を触りながら肩をすくめた臨也は、思い切って尋ねた帝人に笑い顔を向ける。
「好きでもないし嫌いでもない、かな。波江に頼んだあれはね、君が喜ぶかと思って」
「えっ?」
「食べたかったんでしょ、あの新商品。でもタイミングが悪いのか、いつ行っても売り切れだし、この間は目の前で別のお客にタッチの差で持ってかれたんだっけ?それに二百八十円って価格は、小学生のお小遣いではなかなか厳しい出費だ」
「うん、そう!そうなんです!」
「だから、今日のおやつにどうかなと思って」
「うわぁ、ありがとうございますっ!」
「どういたしまして。コンビニスイーツひとつでこんなに喜んでもらえるなんて、君もなかなか安いもんだねぇ」
もちろん、ずっと食べてみたかったデザートが食べられるのはすっごく嬉しい。けれどそれ以上に帝人は、あの臨也が自分の好みを調べてくれて、手に入るよう手配してくれた、その事実が嬉しいのだ。
でも、幼い帝人の語彙じゃちゃんと言葉に表せない。もどかしくも、嬉しいって感情表現でちゃんと臨也に気持ちは伝えられただろうか。
「本当に君は安いっていうか、この言い方は語弊があるなぁ、君はいい子だよね。欲が無いというか。俺の事務所にいたって面白いことなんてないでしょ」
「ううん、面白いです!臨也さんがどんな風にお仕事してるのかなとか、どういうところで働いてるのかなとか!新宿って大人の街なんでしょ?ずっと行ってみたかったんです!」
「変なの。そんなの見て面白い?それに、その歳で上京願望?」
あこがれの街。あこがれの臨也が暮らす場所。楽しい。平和で静かで何もない地元とは全然違う。わくわくする。
「まあいいや、人の嗜好もいろいろあるしね。対戦でもしようか、それとも今のうちに通信交換もする?それとさっきも言ったけど、獲物が網に引っ掛かったら対戦中でも途中で切り上げないといけないけど、それでも?」
「分かってます」
にっこり笑って、帝人は声を上げる。
「なんでもいいです!」
選択を放擲したのではない。本当に何でもいい、大好きな臨也がかまってくれるのなら、なんだって。
波江が諸々の用事を済ませて戻ってみると、事務所はやけに静かだった。パソコンの排熱音だけが室内の空気を揺らしている。職場兼自宅であるこの部屋から通ずる、臨也の寝室に人の気配。もしやと思って彼女が覗き込んでみれば。
「お昼寝、中?」
同じような黒髪の頭を並べて。ひとりで眠るには大きいセミダブルのベッドには、青年と少年が並んで横になれるだけの許容量がある。
ブラックとブルーのDSを枕元に転がして、ふたりは気持ちよさそうに眠っていた。
「本当に一発、殴ってもいいかしら」
目下の雑務が綺麗に片付いているのが、むしろ腹立たしい。波江はぎゅっとこぶしを握りしめる。手に提げられた、冷たいスイーツの入った袋ががさりと音を立てた。
冗談みたいな折原臨也の日常とは俄かに信じられない。
冗談みたいに平和な光景が、そこにはあった。
End.
【 どうでもいい余談 】
最近は本当にほうじ茶が流行ってるみたいですね。話の中に出てきたコンビニで、それっぽいデザートが本当に売られてるのを参考にしました(22年9月現在)
それと、臨也が当たり前みたいにDSを持ってて、子帝人と通信までさせてしまいました。彼はゲームはしないタチですが、全ては子帝人の為に買いました(my設定)
作品名:世界の半分は笑えない冗談で出来ている 作家名:美緒