二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

【ヘタリア】絶対的境界線【ギルエリ】

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
抜けるような青い空。

 綿をちぎって浮かべたような、真っ白な雲が浮かぶ秋晴れの日。天に向かって手を伸ばし、ぼんやりとギルベルトは空を眺めていた。人よりも色素の薄いその肌はいつもにまして、澄んだ青に溶け込みそうだった。

 背もたれ代わりに寄り掛かった壁の上では、爽やかな風に揺られて、白いカーテンが踊る。舞曲となっているのは、部屋の奥から漏れ聞こえる歌声。ギルベルトにとっては聞き慣れた、澄んだ女性の声。伸びやかな高音、整った旋律。
 ―――何年も、何度も、遠い数百年も昔から変わらない、その優しい歌声に身を委ね、目を閉じた。その時だった。

 「……ちょっと、何してるのよ」

 不機嫌な声が頭上から聞こえた。思わず奇声を上げて飛び上がると、そこにいたのは声以上に不機嫌な幼なじみの顔。
 「え、エリザ……」
 ぎこちない笑みを口元に浮かべ、ギルベルトは彼女の名前を呼んだ。
 「いや、いい天気だな、ははは……」
 あくまで爽やかを目指し、笑ってみた。しかし、その不自然な態度が彼女の懐疑心を煽ったらしい。

 「あんた、まさか覗き?」

 冷たい視線が彼の心に突き刺さる。大袈裟なほど首を振り、ギルベルトはそれを否定した。
「……ならいいわ」
 その必死さに呆れたのか、エリザベータはふっとため息をついて、窓枠に肘をついた。
 「なんだ?今日は随分あっさりしてるじゃねぇか。フライパンはどうしたよ?」
 「もう、馬鹿ね。今日の私はいつもと違うのよ」
 ケセセと笑う男を横目で見遣り、エリザベータはヒラヒラと手を振った。その手に着けた純白の手袋が陽射しを柔らかく反射する。
 「これからは、フライパンなんか振り回すことも無くなるわ。お生憎様」
 その言葉に、ギルベルトはそっか、と呟き、今度は小さく笑った。その様子に、エリザベータは微かに眉根を寄せる。
 ―――そして、次の瞬間、大きく窓から身を乗り出した。カーテンよりも白く、羽根のような生地が、ギルベルトの視界で舞う。
 「馬っ鹿!お前、何やってんだ!」
 自分の隣へ軽々と着地した彼女に面食らいながら、ギルベルトは言った。
 「大丈夫、ケガなんかしないわよ」
 彼女はケロリとした様子で言い放った。
 「私が昔、ここより高い場所から飛び降りて、ケガ一つしなかったこと、覚えてるでしょ?」
 その身に纏った純白のドレスを気にすることなく、エリザベータは彼の隣に腰を下ろした。
 「……ったく、せっかくの衣装が汚れるぞ」
 「そんなの、叩(はた)けばいいじゃない」
 「お前なぁ……」
 今度は、ギルベルトがため息をつく番だった。銀髪に指を突っ込み、苦々しげに掻きむしる。

 「……今日までよ」

 純白のドレスに顔を埋め、彼女が呟いた。
 「こうして、昔みたいに窓枠を飛び越えるのも。あんたをフライパン持って追い回すのも、今日までなの。これからは、そんなことしないわ」
 「へぇ」
 「だから、いくら私にちょっかい出しても、無駄だからね」
 「あぁ」

 「……ねぇ、」

 草原の色を映した瞳が、こちらを真っ直ぐに見つめた。

 「あんた、今日はどうしたの?」

 予期しなかった言葉に、ギルベルトの思考回路が一瞬止まる。同時に吹いた風が、長い栗毛を靡かせる。彼女の香りを運んでくる。甘い花と若葉の香りに、思わず彼は目を逸らした。
 「……別にどうもしねぇよ。いつも通りだろ?」
 「違うわ、全然違う」
 隣で首を振る気配がした。

 「……似合わない、って言わないじゃない」
 小さいはずのその声が、やけにはっきりと聞こえた。
 「こんなドレスを着たら、真っ先に馬鹿にするじゃない。似合わない、ってからかってくるじゃない」
 ハッ、とそちらを向くと、相変わらず真っ直ぐにこちらをみつめる翠の瞳があった。無意識に手を伸ばしそうになるほど、綺麗な色が。

 ―――ダメだ。
 
 伸ばしかけた腕を彼は必死に抑えた。
 「エリザ」
 代わりに彼女の名前を呼んだ。何事も無いかのように、笑顔を浮かべて。

 「大丈夫だ、泣きたくなるほど似合ってねぇよ。そのドレス」

 目の前に星が飛んだ。慣れ親しんだ固い感触に、本当に涙が出た。気が付くと、地球にハグをするような格好になっていた。
 「あんた、最低よ!心配して損した!」
 勢いよく立ち上がると、彼女は再び窓枠を乗り越えた。どこから取り出したのか解らないフライパンを置きざりに。
 「おいおい、今日は機嫌が良かったんじゃないのかよ」
 熱を持ちはじめた顔面をさすりながら、ギルベルトは起き上がり、部屋を覗き込んだ。
 「煩い!叩き納めよ!」
 彼女の後ろ姿が、そこにあった。怒った時に見せる、ピンと伸ばした背中。昔から変わらないその姿に、彼は少し安心した。
 「おい、エリザ!」
 「……何よ?」
 彼の呼び掛けに、不機嫌な顔がこちらを向いた。

 「お前、幸せになれよ。世界中で一番は自分だ、って言うぐらい、幸せになれ!何年、何十年、何百年経って婆さんになった時、シワくちゃになるぐらい笑って、毎日を過ごせるぐらいにな!」

 翠の目が一瞬大きく見開かれた。その後、弾けんばかりの笑顔になった。

 「決まってるじゃない。あんたに言われなくたって、宇宙一幸せになるわよ」

 お互いに笑顔をぶつけ合った時、扉を叩く音がした。時間が来た、と係りの女性が顔を覗かせた。
 「私、行かなきゃ。じゃあね、ギルベルト」
 「おう、こけんなよ」
 こけるもんですか、と舌を出し、彼女は慌ただしく部屋を出て行った。パタパタ、と足音が遠ざかっていく。その音が聞こえなくなった時、ギルベルトはゆっくりと地面へ倒れ込んだ。

 「……全く、幸せそうな顔しやがって」

 芝の柔らかさを背に感じながら、小さく彼は呟いた。
 「無防備に笑うとか、卑怯だろ?攫われてぇのか、あいつ……」
 目を閉じると、先程の出来事が鮮明に蘇ってくる。交わした言葉、その行動―――花と若葉の香り。
 「あれだけオレのことを解ってて、どうして気付かねぇんだよ。馬っ鹿じゃねぇの?」
 吐いた言葉が彼女へのものか、それとも自分へのものか解らなかった。ただただ、胸が苦しくなった。

 出来ることならあの時、手を伸ばしたかった。腕を掴んで、抱き寄せて、自分の思いをぶちまけたかった。

 けれど、出来なかった。

 彼女がどれだけ、この瞬間を望んでいたか知っていたから。幼い頃から見てきた彼女が、誰のために女らしくなったかを知っていたから。

 それに―――

 「もう、限界だよな……」

 掌を目の前に翳すと、白い肌が澄んだ空の青に染まる。掌だけではない。今は服の下にある身体も、腕も、足も―――もしかしたら見えないだけで、顔も同じようになっているかもしれない。
 これが何を表しているか、彼は良く知っていた。

 「ホント、馬鹿だ……」

 目の前で、風に揺られて再びカーテンが舞った。風を通す、開け放しのままの窓。

 ここはまるで、境界線だった。
 自分が踏み込んではいけない、彼女の幸福を決めるライン。あの日、彼女が女になった日から引かれてしまった、目に見えない、絶対的な境界線。