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【ヘタリア】絶対的境界線【ギルエリ】

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 それを、いとも簡単に乗り越えてくる彼女が羨ましかった。だからといって、乗り越えることは、臆病者の自分には出来なかった。

 だから、身を引いた。

 「へっ、騎士の名折れだ。臆病者には相応しい最期かもな」

 自嘲的に笑うと、視界が滲んだ。瞳が消えかかっているのだろうか。そんなことを考えた。
 「畜生……あいつ、綺麗だったな……」

 走馬灯とでも言うのだろうか、純白のドレスに身を包んだ彼女の姿が脳裏にちらつく。
 同時に、その表情もありありと浮かんだ。
 自分と居る時は決して見せない、柔らかな表情が。

 「悔しいけど、認めてやるよ。お前は、この世界で今、一番幸せな女だ―――」

 意識が遠退いてきた。いよいよ時間が来たらしい。向こうで仲間たちの騒ぐ声が、微かに聞こえた。

 「……じゃあな、リズ」

 空に吸い込まれるような気持ちで、ギルベルトは目を閉じた。

 鐘が鳴る。もう、声は聞こえなくなった。

***

 ヴァージンロードの途中、不意に髪を巻き上げた風に、エリザベータは立ち止まった。

 「……?今のは……」

 何故か、風の中に懐かしい誰かの香りを感じた。そう、ずっと昔から側にいる、騒がしいあいつの香り。

 「どうしましたか?」
 隣から心配そうな声が聞こえた。あいつとは違う、優しい声音。
 「いえ、ちょっと髪が乱れちゃって。すみません」
 えへへ、と照れ笑いを浮かべ、エリザベータは再び歩きだした。きっと、気のせいだ。そう自分に言い聞かせて。

 「あ、エリザさん!」

 向こうの方から柔らかな栗色の髪と特徴的なくせ毛を揺らし、駆けて来る姿が見えた。
 「あら、フェリちゃん。どうしたの?」
 「うん、ちょっと今、ギルを探してるんだけど……」
 思いもよらずその名を聞いて、一瞬驚いた。先程の風の中に感じたのは、その名を持つ人物だったから。
 「ルートさんは?知らないの?」
 不思議に思って問い掛ける。すると、彼は困ったように眉を下げた。
 「うん……聞いてみたんだけどね。ルート、さっきから泣いてるんだ。よくわからないけど、泣いてるんだ」
 そう言った彼が指差した先には、大きな身体で立ち尽くす、あいつの弟分がいた。
 「どうしたの、って聞いても、解らないって。けど、何か大切なものが欠けてしまったみたいだ、って言うんだ。どういうことなのかな?」
 ―――ねぇ、ルート。
 慌てて、彼は泣き腫らす友人の元へ駆け戻って行った。大粒の涙を一生懸命拭おうと、必死に上下する栗毛の動きを見つめながら、彼女は先程の出来事を思い出した。会話を、過ごした時間を、風の中に感じた、あいつの香りを。

 ―――あれは、もしかして。

 「馬鹿じゃないの……?」

 彼女は小さく呟いた。
 「……何で、最期の最期まで逃げるのよ」
 「エリザ?」

 隣から聞こえる声が、酷く遠く聞こえた。

 解っていた、あいつのことは全部。
 けれど、解らないフリをした。心のどこかで望んでいたのかもしれない。あいつが、この手を掴んでくれることを。

 「最低だわ」

 消え入りそうな呟きは、彼に、そして自分へ向けてのもの。

 「……本当に、最低よ」

 じわりとヴァージンロードが滲む。それが悔しくて、悲しくて、零すまいと天を仰いだ。

 また、風が吹いた。
 白いヴェールがさらわれた。風の中に涙の粒が煌めいた。

 線を引いたのは、あいつ。それを乗り越えられなかったのも、あいつ。
 けれど、それを知りながら、手を伸ばすことをしなかったのは、自分。

 決して見えない―――けれど、2人の間に引かれたのは絶対的な境界線だった。