謀略の砦 ~7 years ago~
コルトンが詰め寄れば、トロイは頭をあげて軽く首を横に振った。
「それでも、誰かがやらねばならぬことです。ここで私が退役すれば、私以外のものがエルイール要塞の護衛の任に向かうことになるでしょう」
コルトンは、彼が一瞬何を言っているのかわからなかった。
それもそのはずだ。
いったいどこの世界に、名も知らぬ者のために自らの命を盾にしようという戯け者がいるというのだろう。
彼は、こう言ったのだ。
自分が行かなければ他の者が犠牲にさせられる。だから自ら死地へと赴くのだ、と。
この時、初めてコルトンはこの若者の心をのぞき見た気がした。
彼は決して父親に対する反抗心から軍に入ったわけでも、ましてや体面を慮って軍に残ると言っているわけでもない。
ただ、己にできることを、純粋なまでにまっすぐに見つめているにすぎないのだ。
今になってコルトンは、トロイの父親が言っていた言葉を思い出す。
あの子は自分に似ていると。決して己の意を曲げず、愚かしいほどに自分の信じた道を真っ直ぐに貫き通すような子なのだと、―――彼はそう言っていた。
その見解は正しく当たっていたが、果たしてそれは父親として喜べることなのだろうか?
その愚かなまでの純粋さが、自らの命の火を吹き消そうとしているというのに。
「コルトン殿。そのような顔をなさらないでください。私とて、何も好き好んで死ににいくつもりはありません」
自分でも気づかぬうちに、情けなくもうつむいてしまっていたらしい。
トロイの手が、コルトンの肩にそっと置かれる。
その手にうながされるようにコルトンはのろのろと顔をあげ、次の瞬間はっとして息を呑んだ。
そこでコルトンは、今日一日で何度目かになる新しい発見をした。
トロイが口元に薄く笑みを浮かべていた。
それは他の人間から見れば、ほとんど笑みとは気づかれぬほどにささやかな微笑だったが、トロイのことを実の息子のように見守ってきたコルトンだからこそわかった。
黒曜石のように煌く瞳には、今までにない優しげな光が灯っている。
「詳しいことは言えませんが、勝算はこの胸の内にあります。私は必ずエルイールの地に、誰も死なせることなく要塞を建ててご覧にいれましょう」
やけに自信たっぷりに言い切った若者の笑顔に、コルトンは目を奪われる。
それはトロイがコルトンの心中を思いやって、わざとそうして見せただけなのかもしれない。
だが、コルトンはトロイの言葉に、仕草に、存在に、胸が震えるのを感じた。
なぜだろうか? 彼の口調がやけに確信めいていたからかもしれない。
なんの根拠もないはずなのに、彼の言葉はまるで真実を言い当てる予言者のように響く。
どう考えても待ち受けているのは絶望的な状況であるはずなのに、彼がそう言えば覆せるような気がした。
―――コルトンは確かにその時、その目に未来の英雄の姿を映したのだ。
作品名:謀略の砦 ~7 years ago~ 作家名:まるてぃん