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まるてぃん
まるてぃん
novelistID. 16324
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謀略の砦 ~7 years ago~

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「・・・コホン。それはまあいいとしまして、エルイール要塞の件です。かの地に要塞を築くため、その警護に第一艦隊の一部隊が派遣されることになると聞きました。……護衛の任務の件、お引き受けになられたのか?」

眉を吊り上げて問い質すコルトンを、トロイはまっすぐに見つめ返す。
コルトンの気迫のみなぎったその表情に、小さく吐息をはいてから、トロイはうなずいて見せた。

「何故に……っ、その意味するところのわからぬ貴方でもありますまいっ」

思わず激昂しかけたコルトンの口を、トロイがさっと己の手のひらでふさいだ。コルトンはその冷たい感触に、やや冷静さを取り戻す。
目の前の若者の表情は、先ほどからほとんど変わらない。彼がいったい今回の件をどのように思っているのか、ここまでのやり取りからはまったく読み取ることができなかった。
やっかいなことである。感情表現が乏しいのは貴族社会で生きていくには利であるのだろうが、彼個人のこととして考えれば害であるようにしかコルトンには思えない。実際に第一艦隊の司令官が、トロイのことを「可愛げのない取り澄ました青年」だとこぼしているのを耳にしたことがあった。
トロイの後見役を自らに課しているコルトンにしてみれば、そういう彼の資質は不安要素のひとつである。せめて自分くらいには、本音をさらけ出してくれてもよさそうなものだ。
だが、彼が感情を表立って見せないようになったのは、彼の父親が異国の地で亡くなってから後のことであるのを知っているだけに、コルトンはそのことに関して何も言うことができなかった。

「…身分的には、ただの「艦長」から「地方司令官」に昇進したのです。あなたには喜んでいただけると思ったのですが」
「お戯れを。まさかそのような甘言に乗せられて、今回の件をお引き受けになられたわけではありますまいな」

相手の顔を見上げて語調を強めれば、言葉の内容とは裏腹に無表情を崩さないトロイと視線がぶつかった。
やはり彼は気づいている。
コルトンは、当初から抱いていた確信をさらに強めた。
今回のエルイール要塞護衛の任務が、上方の―――中央委員会の厄介払いも兼ねた謀略であることは、火を見るよりも明らかだった。
現在の中央委員会の中心人物であるアウル家は、ランバード家とは長年の間政権を巡って争ってきた政敵である。ランバード家が六年前の事件で当主を失い、両家の力の均衡が崩れたのをいいことに、この機会に少しでも敵方の勢力を削ごうという魂胆だろう。
それにここ数年の間で、軍隊で武勲を立てて着々とその地位を確固とし始めたトロイを危険視しているに違いない。だからこそ、今回のエルイール要塞の件を渡りに船と言わんばかりに、トロイを昇進に見せかけて地方へと遠ざけ、さらに戦死させてしまうつもりなのだ。そうなれば、アウル家にとってはこれ以上ない吉事である。
ガイエン公国が攻撃をしかけてきたらトロイをその当て馬とし、クールーク皇国のために名誉の戦死を遂げさせる。晴れてトロイは祖国の英雄として祭り上げられ、その結果、兵士達の士気はおおいに高まるという寸法だ。
はなはだ幼稚な手ではあるが、その効果のほどは大きい。
民衆はとかく「英雄」という生き物に弱い存在なのだ。
コルトンとて、一応は貴族のはしくれである。たとえ政権からはほど遠い場所にいたとしても、こうした権力争いの泥沼化した部分はそれなりに理解しているつもりではあった。だから、わからないのは、これらのことをすべて承知の上でまんまと敵の策にのるトロイだ。
何ゆえに彼はこの件を引き受けたのか。これでは、みすみす命を捨てに行くようなものではないか。

「トロイ殿。今ならまだ間に合う。この任務、お断りなさい」

コルトンが真摯に語りかければ、トロイが異なことを言うとばかりに反論した。

「コルトン殿。あなたもご存知の通り、軍においての命令は絶対です。上からの命令にいちいち兵士が反発していては、指示系統は乱れてしまう。それは常々あなたが申されていることではありませんか」

どこまで本気で言っているのかわからない相手に、コルトンは苛立ちを募らせる。

「確かに私は日頃からそう申しておりますが、それは兵士達が生き残るために必要なことだからです! 今回のような「死にに行け」と言わんばかりの命令は、命令とは言いません。ただの暴言です!」

またもや声を荒げかけたコルトンを、今度はトロイは自分の口元に人差し指を立てて注意をうながす。
なぜ、自分のことでもないのに、これほどまでに激昂しなければならないのか。
コルトンは激しい苛立ちとともに己に問いかける。
それは当事者であるはずのトロイが、まったく無頓着な様子を見せているからだ。

「そうは言っても、軍の命令に逆らうことはできません」

相手に言い聞かせるように、ことさらにゆっくりとトロイは言葉を紡ぐ。
コルトンはそれに一拍の間を置いて、深々と息をはき出すことで答えた。
不思議そうな面持ちでこちらを見るトロイに向かって、一段と声をひそめる。
ほとんど聞き取れないほどに低く掠れた声音で、その言葉をささやいた。

「軍を退役しなさい。そうすれば軍が軍人でもない者に、戦いに赴けなどと命令することはできません。トロイ殿。もうそれしか道はありませんぞ」

トロイの表情が初めて動く。あり得ないことを聞いたように、目を見開いてコルトンの顔を見返した。
その視線をコルトンはまっすぐに受け止めた。自分の言葉が決して思いつきの半端なものではないことを示すように、相手の視線から逃げなかった。
そう、これは思いつきなどではない。これまで言う機会がなかっただけで、ずっと考えてきたことなのだ。

「…なぜ、あなたはそうまでして、私のことを気にかけてくださるのですか」

トロイにとっては当然の疑問であろう。いくらコルトンが父親と懇意にしていた人物であったとしても、息子である自分にそこまで肩入れされる理由がない。
だが、トロイの側には理由がなくとも、コルトンのほうには十分にあった。

「私はあなたのお父上と約束したのです。お父上が亡き後は、私があなたの後見役となり、この身の及ぶ限り力になると―――。六年前、彼は亡くなる直前に、私にあなたのことを託されました。今から思えばあの方は、己の死を予見していたのかもしれません」

トロイの唇がわずかに震える。彼は何かを言おうとして口を開きかけ、だが結局は何も言わずに唇をかみ締めた。
コルトンは何かに耐えるように瞳を閉じた青年に向かって、優しく声をかける。

「ですから、もう意地を張るのはおよしなさい。お父上もあなたが軍に残ることを望んではおりません。僭越ながら、あなたが軍を穏便に退役できるように、私がはからっておきますので、あなたはなんの心配もせず―――」
「ありがとうございます」

コルトンの言を遮るように、トロイは頭を下げた。
突然の彼の行動に、コルトンは一瞬口を閉ざす。

「―――ありがとうございます。ですが、それはできません」

その間隙を縫うように、トロイは頭を下げたまま答えた。
口調は穏やかながらも頑ななまでに拒絶の意思を示した青年に、コルトンは目を見張る。

「なぜ、そうまでして意地を張られるのです!?」