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合宿三日目、午前2時。

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「ん……っ、ふ……あ、あ……」
青白い月が中天に架かる深夜を迎える頃。
消灯時間を疾うに過ぎ静まり返った宿舎はどこもしんとして、聞こえるのはごうごうと唸りを上げる空調の音と誰かの立てる衣擦れの音ばかり。
その一隅の部屋の中、静けさを破るように吉田は微かに喘ぎ声を上げた。
「あ、あ……あつ、あつ……」
薄く開いた唇から、断続的に声が漏れる。うわごとのように言葉にならない言葉を繰り返した後、終に長い睫を細かに震わせて目を開いた。
夢見心地のとろりと潤んだ瞳のままぼんやりと周囲に視線を巡らせ、数度瞬きを繰り返しやがて不機嫌そうに低く呻く。
「……暑い」
言葉と共に額を拭えば、じっとりと浮いた汗で肌が滑る。剥き出しの体を包む毛布とシーツとの間は人の肌が発する熱が籠もっていて鬱陶しいことこの上ない。
「エア、コン……消えてた?」
不快さに眉を顰めて、伸ばした腕をベッドの上へと彷徨わせるが、普段枕元に転がしているはずのリモコンが、なぜだか今夜は見当たらない。
体を冷やすのはあまり良くないと分かってはいるが、夏のさなかだけは、普段眠るときでも空調は緩くだが点けたままにしている。体が資本の仕事だ、寝ている間に消耗するなど無駄なことはしたくない。
ちらりと視線を伸ばした手元へと向ければ、腕時計の青白い夜行塗料の光が午前二時を示している。まだ起きるべき時ではない、もう暫く体を休めるべきだ。そのためには、快適な睡眠環境を……。つれづれと考えて、小さく息を吐く。
「仕方がないね」
湿って肌へと張り付く不快なシーツに腕を突き、吉田は身を起こそうとしてふと動きを止めた。そのまま、やんわりと弓なりの眉を跳ねあげる。
「なんだ?」
体が、重い。おまけに、腰から下が身動きが取れない。何事だ。
事態を確認しようと、起こした体で捻った腰から先を見た吉田は小さく悲鳴を上げた。
「……っ!」
薄いレースのカーテンから差し込む月明かりにぼんやり照らされたベッドの上、己の腰元から僅かに離れた場所に、毛布の塊が一つ。丸く盛り上がった毛布の隙間からはにゅっと人の脚が伸びていた。膝から下を覗かせたそれは、大きさといい骨の浮き方といい、明らかに女のものではなく、成人した男のもので。
月の光に青白く映し出されたそれは、物言わぬ死体に似て、けれどそれ以上に吉田を驚かせたのは相手は男だと言うことだった。
やってしまったのか?
なにを、とは なに、を、である。
今まで女しか呼んだことがない吉田の部屋だ。当然、ベッドの上にだって厳選した女しか呼んでいない。
己の体で散々見慣れたはずの膝下というパーツが、今ばかりは異世界の、クリーチャーのように見える。シーツ下、己が素肌であることが吉田の混乱に拍車をかけた。
「……いやいや」
乾いた声音で呟いて、こんな時こそ落ち着くべきだとぶるぶると頭を振る。その拍子に、己の腰へと絡み付くやはり男物の腕の存在に気付いて新たな悲鳴を上げ掛け、代わりにゆるゆると詰めていた息を吐いた。
「コッシー……」
吉田の腰をがっしりと抱え込む腕の先には、見慣れたチームメイトの顔があった。眠っていてなお、厳しく眉根を寄せた清廉な男の顔にほっと安堵し、今更ながら眠る前と記憶が繋がる。
そうだ。今は、ETUの合宿だった。
いつもならば多少の我が侭を通してもらって、一人部屋を確保していたのだけれども、今回はなぜかそれが許されず結果無理矢理の三人部屋と言うことになったのだ。
そうして、すったもんだの挙句、なぜだか男三人川の字で眠ると言う不測の事態に陥って、散々文句を言いながら眠ったのをはっきりと思い出す。
「と言うことは、あの毛布の中はザッキーだね」
犬の癖に飼い主の心臓を脅かすだなんて。
くるくると小器用に毛布に包まれて眠る男の、そこだけはみ出した長い臑を腹立ち紛れに軽く爪先で蹴飛ばせば、毛布の奥から むう、だか うう、だか呻き声が漏れる。それにひっそりと口元だけ笑い、吉田は汗で髪の毛の張り付いた首筋を拭った。
「どうりて……」
包まれていた毛布を剥いでこうして外気に当たれば、しっかりと空調の利いた室内は快適より少しばかり寒いほどで。
吉田は己の肩越しに見下ろす男の寝顔をやんわりと睨んだ。
「こんなに貼り付かれれば、暑いはずだよ」
なにかを耐えるような気むずかしい顔をして眠る村越は、吉田が目を覚ます前からこの姿勢なのだろう。死んだようにこそりとも動かない。けれど、男が死んでいないのは毛布越し、じわじわと肌に染み入るような熱ではっきりとわかる。先ほどまであれほど暑かったのはすべて、この男の体温なのだ。考えて、再び吉田はぶるぶると首を振る。
「男の温もりだなんて、ゾッとするじゃないか」
目覚めてすぐ考えた、心臓の止まるような最悪な事態ではないけれども、男に抱かれて眠るだなんてシチュエーションとしては十分に最悪だ。
とにかく、この悪夢のような状況をなんとかしよう。いい加減、腕だけで上体を支えるこの格好も窮屈だ。
「これだから、相部屋はイヤなんだよ」
誰に聞かせるでもなく呟いて、吉田は村越の腕から逃れようと夜具の中、身を捻った。

***

作品名:合宿三日目、午前2時。 作家名:ネジ