合宿三日目、午前4時半。
「村越さん……王、子?」
「んっ、あ……ん」
部屋には確かに、眠る前のまま二人がいた。時間が時間だ。二人は揃って深い眠りに落ちている。が、赤崎を呆然とさせたのは、その二人の姿で。
「あ……うう、くるし」
俺の聞き間違えたのはこの声か。
村越は、昼間の気むずかしい顔が嘘のように穏やかな表情で眠っていた。対して、吉田は子供がいやいやをするように緩慢な仕草で首を振っている。その表情は少しばかり苦しげだ。
「そりゃ、そうでしょうよ……」
いったい、どちらがどのように寝ぼければこのようなことになるのか。
寝る前に堂々と赤崎の前でストリップを披露した吉田は、今はシーツと毛布とをこてこてに巻き付けられてがっしりと村越に正面から抱え込まれていた。
まるで睦まじい恋人同士のように吉田のアスリートにしては細い腰を抱きしめ、そこだけ毛布からはみ出した裸の胸の、鎖骨のあたりへと額を預けている村越は平穏そのもの。おまけに身じろぎして吉田が逃げ出そうとすれば、腰に回されていた両腕のうちの片方が、留めるように浮き上がり吉田の肩を引き戻す始末。
存外、村越は独占欲が強いようだ。腕に収まった吉田をぎゅうと抱きしめると、吉田の背がしなる。吉田が幾分苦しげに ああ、と息を漏らす。
「……これは、助けるべきなのか?」
まるで大型の肉食獣に襲われているような光景に、少しばかり赤崎は吉田の体を心配してしまう。だが繰り返される二人の攻防を眺めているうちに、抱え直した吉田の体に村越がふっと穏やかな表情を浮かべ、同時に腕の拘束も緩むのに気付いた。どうやら見る限り、村越が本格的に吉田を抱き潰す心配はないようだ。
一向に目覚める気配のない赤二人を赤崎は見降ろし ふん、と鼻を鳴らす。
「まあいっか、それより……これはシャッターチャンス、じゃねえのか?」
こんな光景、記念に撮っておくべきじゃないか? 赤崎の中の悪魔が囁く。別段、誰かに見せるというつもりはないが、ネタとしては十分に面白い。それに、いつかなにかの切り札に使えるかもしれない。
吉田と村越が抱き合っているという姿に、少しばかりなにやら不穏な気持ちもするが、赤崎は胸のざわつきを誤魔化すようににやりと笑むと、バスルームのコンセントに繋いだままの携帯を取りに、ベッドから降りた。瞬間、部屋の隅でじりり、と音が鳴る。
「……っ!」
「……うん?」
誰かの携帯のアラームだ。
まさに悪事を現行犯で見つけられた気分で、赤崎はびくりと動きを止める。次の瞬間、可能な限りの素早く静かな動きでベッドに滑り込むと、毛布を引き上げた。指先で持ち上げた毛布の隙間からそろりと薄目で右隣を伺う。
「ん……、な、に……」
だんだんとボリュームを上げるアラームの音に、ベッドの上、吉田がか細い声を上げた。その白い背中を抱く村越の腕がもそもそと伸び、枕元を探り、黒い携帯を掴む。
「朝、か……」
起き抜けの、低く少しばかり掠れた声がぽつりと呟く。続いてアラームがぷつりと途切れた。
……ンだよ、タイミングがいいな。
内心毒づきながらも、流石にこの状況をお互いに見られてはまずかっただろうと、赤崎は毛布の中、ほっと安堵の息を吐く。見られた村越が気まずいのは確かだが、見てしまったと知られた赤崎もどのような目に遭うのか想像するだに恐ろしい。
折角の光景を写真に収められなかったのは残念だが、せめて決定的瞬間を目撃してやる。そろりそろりと息を吐き、僅かに持ち上げた毛布の隙間から、薄目で隣の様子を伺う。
「五時、15分前……」
ベッドの上、村越は開いた携帯の液晶を眺めていた。まだ寝惚けているのか己の腕の中にいる吉田のことは気付いていないようだ。
「んっ……!」
さて、いったいいつ気付くのか。些か意地の悪い高揚感に胸を高鳴らせて赤崎が見守る中、小さく吉田が息を継いだ。続けて、ようやく己の腕の中の男に気づいたのか、ぎしりとベッドが大きく揺れる音が静かな響く。
「ジ、ジーノ! っ、う……んっ!」
男にしては珍しく頓狂な声を上げかけ、それでも吉田を起こさぬように慌てて口を噤んだ村越へと、漏れそうになる笑い声を赤崎は必死で手のひらで蓋をした。
作品名:合宿三日目、午前4時半。 作家名:ネジ