忠誠心は恋に似ている 1
密室の空気は滝の無言の気迫に気味悪く震えていた。
これ以上振動を加えると 爆発してしまいそうだ。
さて、なんと話し始めればよいか・・・・
「すぐ近くで 鴻上大尉を見た」
長い沈黙の後、先に口を開いたのは滝だった。
「きさま、どういうつもりだ?」
「どういう、とは?」
咄嗟に質問で返したが・・・滝は気づいている。
隠すことでもない・・か。
「無駄に鴻上の気持ちを煽るな。今に歯止めがきかなくなるぞ」
「歯止めなど。もう 彼にはないだろう」
「なに?」
滝の眉が不機嫌につりあがる。
「私が 取り去った。」
草加の泣きそうな笑顔に 滝は内心混乱する。
「私が慰め、悩みや苦しみが晴れるなら。心の底から迷いを全て取り去ってやれたなら」
最期の瞬間まで苦しむことはないだろうから。
津田のことを思い出していた。
本当に信じてよいのだろうか。本当に自分は正しいことをしているのだろうか。
最期の最期まで疑って、何のためにこの日この場所で命を落さなければならなかったのか。答えが出ぬまま・・・
誰だって死ぬのは怖い。
その恐怖を 少しでも取り除いてやれるなら
私の体など
「もういい」
滝は来たときと同じ大股で、肩で大胆に風を切り ガッと扉を開けて出て行ってしまった。
何も言われていないし、何もされていないのに
草加の中に少しだけ残っている感情が 悲鳴を上げる。
だが、ぐっと堪える。眉をぎゅっとひそめていたことに気がつき、故意に緊張を解く。
「人の心を救うというのは 本当に難しいですね。角松さん・・・
一番救ってやりたい者に至っては、その方法すら皆目見当がつかない」
ぽつり、とつぶやく。
この数日間で、草加が初めてて口にした 人間らしい一言だった。
だがそのつぶやきは誰に届くでもなく、壁や本に吸い込まれて しんと消えていった。
滝は廊下を足早に進み、強引に扉を開けて 自分専用の車を出させる。
窓の外を流れる景色はいつもと変わらず溢れかえる緑。ぎらぎらと現実を歪ませる太陽。
もうすぐ内地へ出発しなければならない。
草加を残し。
「・・・・・・・くそっ」
運転手がそっとバックミラーで後部座席の滝の顔を見る。
険しい表情で窓の外を睨み付けている。だが運転手の自分には関係ないことだ。
聞かなかったフリを決め込み、ただ地面のおうとつだけがタイヤを弄び沈黙を破る。
鴻上もきさまも それでいいのか?
人の心は そんな単純なもんじゃない・・・草加・・・・
全ての人間がきさまのようには いかない
もっと強くなりたい。だがこれ以上 どうすれば。
死ぬことさえ許されない者は どうすればよいというのか。
ただ、この地に残る者たちに 祈ることしか出来ないのか。
「草加を頼む」、と?
世界より、爆弾より、いち個人のことを考えてしまった自分をひどくどうしようもなく感じた。
自分はこんなにも無力だったか?
私はまだまだ・・・・・・・きさまのようには なれない 。
迷わないなんてこと、人間にできるのだろうか?
額を流れ落ち、頬を伝った汗の不快感で ゾクリと現実に戻される。
大和が黒い煙を立ち上らせている。
嫌でも鴻上を思い出す。
「ここで、降ろしてくれ」
みなと近くで車を降り、滝は停泊している大和へ向かった。
体を屈めて車を降りる際、ぽたりと落ちた汗は地面に円を描き しゅっと音を立てて消えていった。
作品名:忠誠心は恋に似ている 1 作家名:korisu