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立石良則という男

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くだらないこと



酔っているな、とは思っていた。

そうは思っていながら口からはくだらないことがつらつらと流れ出していくのを止めることができないまま、しかも堀田さんがひどく上手に、熱心に聴くでもないし、聞き流すでもないし、上手に頷くものだから、口からはまたするすると仕方のないくだらない事が漏れでていた。どうしてこんな身の上話のようなことを、いや、身の上話をしているのだろうか・・・。そうだ、この人の身の上話を聞いてしまったからだ。身の上話なんて、そんなぬきさしならなくなってしまうようなくだらないことを、と思いながら舌はまるで操られたようにペラペラとどうでも良い事を話し始める。





生まれは田舎の商家だったそうです。

いや、それには語弊があります。俺の母は妾でした。俺は妾腹の生まれです。
本家の長男が夭折したとかで俺が迎え入れられたんです。田舎の商家にあるように、長男には学問をさせて家や商いを継がせ、次男三男とは丁稚に出したり近頃じゃ兵隊にやるようですが、俺はそうして貰われていった。

乳飲み子の俺には聞かされなかった話ですが、本妻の女がえらく醜女だったそうで、その女は離縁されて、俺の母と俺とが図々しくも家に上がりこんだそうです。醜女も哀れなもんです。ブルジョワの言葉で言うなら政略結婚という形で貰われていきながら、長男を失くした途端に厄介払いされてしまうんだ、哀れなものだ。かくして地元の有力な商家の息子になっておきながら、そんな話を様々に使用人や丁稚なんかから遠巻きに聞かされて育てば、俺のような図太い神経の、それでいて何かにつけて皮肉っぽい神経質な男が育つのでしょう。



母は確かに妾になるような、美しいがどこか男に頼ってなくては生きていけないような弱い女でした。
しかし俺が10歳の夏に、暑さに参ってそれきりでしたよ。そんな時、俺が母の死に顔を眺めながらふと思い出したのは、夏祭りで素人落語家が語った四谷怪談でした。

若く美しい妾を迎える為に追い出された醜い女が、その妾や男、そして子供を呪い殺すような筋の話だったと思います。母がひっくり返って死んだ。ならば次は俺の番だろうか、と。

別に怖いものなんてありませんよ、どちらかといえば俺は心待ちにしていた。しかし、呪い殺される事もあるまいなんていう勇敢さや、ともすればとっ捕まえてやるというような功名心なんて立派なものじゃない。俺は待っていたんです。


どういう気持ちといわれれば説明はできない。
―――――――だけど、俺はあの夏、確かにその醜女を待っていた。
その醜女は本妻の座にいた頃も妻というよりは下女のようで、その家に働きに来ていた若い娘にも相手にされないような扱いだったそうで、幼心に何か感じ入るような、言ってしまえばのけ者同士にしか分からない共通の信号のようなものを勝手にその醜女に抱いていた。地元の寺に掛けられていた地獄絵図の三途の川の鬼婆よりはマシな顔だろうか、いや、もっと酷い、俺の頭では考えることもできないような醜い女だろうか、いやまさかそこまでではないだろう、なら猿みたいな顔なのだろうか、と様々に想像してみてはその日に備えていたような気がします。何故って、醜女の顔に驚いてしまえば俺と醜女は対等な立場から話などできなくなってしまいますからね。俺はもしかしたら、その醜女に同情していながら、しかし母親の腕でも求めていたのかもしれない。



しかし、ついに醜女は現れなかった。







にしめた蒟蒻は濃い味で、舌の上で濃厚な醤油がピリリと辛い。
それだけ話してしまえばもう言ってしまうこともないとばかりに俺は酒を喉に流し込んで、乱暴に蒟蒻の繊維を噛み締めた。田舎料理は嫌いだ、と心底思いながらそれでも飽きずに箸を伸ばしていれば、隣で堀田さんが何も言わずに胡瓜の浅漬けをポリポリと食んだ。

「お前は、今も待っているのか?」

ふいに口を開いたと思えば、そんな言葉で要領を得なかったが、なんとなく頷いた。
「まぁ、待っているのかもしれませんね。殺してくれるのならば殺せば良い。女の業は深いですからね。しかし俺とて喜んで殺されたいわけではないのですから、何を心待ちにしているのかはもうよくわからない」
ただ、何か空いている穴を埋めて欲しいのかもしれない、と言ったところから先の事はもう覚えてはいなかった。



安い酒に悪く意識を奪われていき、どろどろと脳髄が溶け出すような心地良さとも不快感とも取れぬやわやわとしたものの意識の中で、他愛もない記憶が浮いては沈み、それを幾ばくか繰り返した後に目を開ければ、見慣れてしまった堀田さんの家だった。


ひんやりとした薄暗い闇の中でカチコチとやけに音の五月蝿い時計を見れば、夜明けが近かった。
身体を起こすと堀田さんが次の間で座布団を枕代わりに寝入っている背中が目に入る。女相手にするわけでもなしに、俺の事もそういう風にその場に転がして置いてくれれば良いものを、この人は律儀が過ぎる、と呆れるようなつもりで口角が緩む。

なんとなしに縁側に続く窓を開ければ、帝都の空が薄く青みがかり、朝霧の湿りを帯びた冷たい風が頬を撫でていくのは流石に気持ちがよかった。








女は、この夏も、まだ現れない。


作品名:立石良則という男 作家名:山田