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立石良則という男

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血の話




私の話ですか?・・・・――――いや、そんなの面白くもなんともありませんよ。


それに、人に身の上話めいた話をするなんて性じゃありません。いや、この間のアレは忘れてください。酒が悪かったんですよ。・・・そうでした。私はもう貴方の話を聞いちまったんだった。・・・まぁ、貴方のような話はなにもありませんが、俺には俺なりに何もなかったわけでもないから、くだらない事のひとつを貴方くらいには話しても良いでしょう。






この間も話した通り、俺は妾腹の生まれです。

母の男であった男の長男が夭折したとかで、その地方の大きな商家に母親と二人で上がり込んだ話をしたんでしたね。歓迎なんてされる筈もありませんよ。本妻は確かに醜い女だったらしいが、商家の人間をよく動かし、家を回すだけの頭があった。しかし俺の母は中身の何一つない女ですから、あっという間に、お荷物のお稚児が二人、となっただけのこと。母は何もできない人でしたよ。いや、それはあの男がそういう従順で無知な女を望んでいたからですが、しかし事実母には求められてもその分の技量などありはしない。ただ美しいだけの、何もできない、庶民の妾にしておくにはあまりに脆い女でした。


堀田さんはそうやって、俺が“母親”を“女”と呼ぶ度に眉を潜めますがね、俺は自分の種と苗床である男と女二人をしかと親だと思ったことはありませんよ。―――父親、という男はもとより、それまで一緒だった母親とてそうですよ。アレは母親なんていう高尚な生き物じゃない。まさか、手を上げられたことなんて一度もありませんよ。俺をまるで砂糖漬けにするような、ともすれば小娘がただ無邪気に愛玩動物を可愛がるような、そんな稚拙な愛情は受けましたが、しかし、アレはただの「妾」です。うつくしく、楽しいばかりの絵空事の、現実か幻影か、足元のない世界の夢の中の女。
そんな女が、どうして母親なんて高尚で垢じみた者になるでしょうか。


別にそんな、女を嫌ってなんかいません。
ただ羞恥程度のことは何も知らぬ小僧にも分かる、というだけのこと。



家には女・・・腹違いの姉や妹という者がそれぞれ二人づついましてね、どうも女系一家だったらしい。
遺伝的に女ばかり生まれる家で、ようやく生まれた男児の俺は国にくれてやる事のできぬ大切な跡継ぎだったわけですよ。男が俺を跡継ぎたらんと教育するためにつけた若い男――父が口利きしてきたという、どこかの丁稚上がりですよ――は、俺を特別に可愛がりますからね。多忙な父の代わりに、どこかの葬式に出たと貰ってきた饅頭をみな俺にくれてやり、新しい上等の雑のうを用意して学校へ通わせ、俺だけ小鉢も多かった。こんな食い物や目に見えるようなやり方をするものだから、姉や妹たちから憎まれるのも当然のこと。今でも何か菓子でも目の前にすると、どこかから彼女らがじっとりと指を咥えてこちらを見ているような気がします。



母はまぁ、妾であるから仕方がない。しかし、妾の子供なんてただの憎しみの対象でしかない。
妾の母と、種の父は赤の他人だ。だが俺が二人を親だと思っていなくとも、二人の遺伝子を受け継いだことは変わりない。俺という最悪の形で現れたよそ者は、ただ父の関心を全て奪い、彼女らの母親を追い出した敵。子供にしてもそういうものなのだから、屋敷にいた大人もそういうものですよ。

まさか娯楽時代小説でもあるまいが、しかし小さな田舎のそこそこの商家。当事者ではあったが、しかし直接的には何も聞かされない子供の時分の俺が知っていただけでも、家だけでなく外の親戚連中とやらまで巻き込んだ派閥が出て面倒なことになってきた、と分かるくらいものでしたから大人はもっと醜いやり取りをしていたのでしょう。


そういう目に晒され、常に立ち振る舞いのひとつひとつに採点付けられ品定めされ、隙あらば蹴落とされようとする中で、しかしあのちっぽけな家だけが俺の生きることのできる国であったのだから、俺は決して侮られるまいと周囲に目を光らせ、自分の縄張りを守ろうとする獣のように育ったのでしょう。ええ、だから俺は女に言われるんですよ、薄情だ、と。



しかし、そんな事は知らないとばかりに、この頃が母の美しさの絶頂でした。



普段は母の陰口を叩く使用人でさえ、母がしっとりと白い肌に乱れ髪でふぃっと現れたりすると、その怠惰な雰囲気の中に垣間見える官能のような美しさにぽかんとしていましたね。・・・・・・まあ、そういう時の母は嫌いではなかった。むしろ誇らしいような気にもなったものです。美しい、というのもひとつの天から与えられたものですから。しかし母は自分の美しさも知らぬ、まるで小娘のような線の細い女でしたから、この間も話した通り、俺が数えの十になった時に夏風邪で体を壊してそのまま死にましたよ。それっきり、あの男は精魂尽きたように黙り込むようになった。もう家にも跡継ぎにも娘たちにも興味はないようで、がっくりと肩を落として座り込む事が多くなった。



しかし、俺を本気で跡継ぎにしようとする程度の気力は残っていた男は、それから母に注いでいた精力を俺に注ぐように、箸の上げ下げから、話し言葉から算術からなんでも叩き込まれた。ええ、叩きこまれましたよ。話は逸れますが、兵学校で尻を叩かれましたでしょう?・・・・・まぁ、堀田さんなんてそう問題児でもないでしょうから食らうのはとばっちり位でしょうが、兵学校なんて結局は金のある人間が通える場所。お蚕ぐるみで育った馬鹿息子たちは直ぐに泣き言を漏らしたが、あの男のお陰で俺はそう苦労はせず士官学校を出る事ができましたよ。棒でも竹刀でも木刀でも、好きな物で殴れば良い、とすら思っていましたから。ああ、話がすっかり逸れた。どうも俺はだらだらと話しをするのに向いていないらしい。それで何の話でしたっけ?・・・・ああ、男の話でしたね。


大人の男の掌というのは、骨の柔らかい女のような体つきの子供には恐ろしいものですよ。引っ叩かれれば口を切ってあっという間に口内は血塗れになるし、その場に立っていられるわけもないからどこかへぶっ飛ぶ。するとその障子を横っ面で割って冷たい土間へと転がり飛ぶ。するともう体中は傷だらけの打撲だらけ。



俺は、その男が怖かった。



他の使用人みたいな男なんてものはそう怖いものではなかったが、その男だけは怖かった――――――――抗えないという事を悟っていた。


俺はいよいよ一人になった。
その頃はもう随分物事の分別のつく可愛げのない子供に育っていましたから、あの下男はそうは俺に寄り付きません。何より俺がそれを拒んだ。卑怯じゃありませんか。俺ではない男の金で、しかし俺の手駒になっているという大人の膝の裏に隠れるなんて。そういう甘えは一寸たりとも見せるものじゃない。



・・・・・・気丈?俺がですか?ふ、まさか。貴方は俺を誤解している。
作品名:立石良則という男 作家名:山田